【川崎】40歳・中村憲剛、引退 5年前に決めていた 監督就任に「興味はあります」

今季限りでの現役引退を表明し、小林(左)から花束を受け取る川崎・中村(同クラブ提供)
今季限りでの現役引退を表明し、小林(左)から花束を受け取る川崎・中村(同クラブ提供)
中村憲剛の歩み
中村憲剛の歩み

 川崎の元日本代表MF中村憲剛(40)が1日、今季限りで引退することを表明した。40歳の誕生日を迎えた10月31日のF東京戦で決勝点を挙げた翌日にオンラインで会見を開き、電撃発表となった。2010年には南アフリカW杯に日本代表として出場。16年には最年長でJリーグMVPにも輝いた。川崎一筋18年の希代の司令塔が、ユニホームを脱ぐことになった。

 川崎のために身をささげてきた男の言葉だった。「私、中村憲剛は、今シーズン限りで川崎フロンターレを引退します」。川崎一筋で18年プレーしてきたからこそ「現役」ではなく「川崎」という言葉を選んだ。

 40歳のバースデー弾を決めた翌日のサプライズ発表だった。「最終的に判断したのは35歳を過ぎた時。40歳で区切りをつけようと思っていた」。年長者や長く在籍する選手には先月27日から直接伝えたが、全選手やスタッフへの報告はこの日のミーティング。「本当にみんなビックリしていた」というが「自分の思いを伝えられた」と感謝した。

練習生からW杯 無名だった中大4年時、当時J2だった川崎の練習に参加し、2003年に入団した。「練習生から拾われた身で育ててもらった」。体の線は細かったが、小学生の時から培ってきた止める、蹴るの技術をベースに、スルーパスを繰り出す司令塔に成長。06年には日本代表に初選出され、10年南アフリカW杯では出場も果たした。

 だが、リーグ戦やカップ戦で何度も2位を経験。「シルバーコレクター」と揶揄(やゆ)された。「このクラブにタイトルを、という気持ちをずっと持ち続けてきた」。プレー以外でも若手と対話をして意識を高めたり、チームを成長させるために何でもやった。その先に一番の思い出に挙げた17年のリーグ初制覇があった。「川崎が勝つために、川崎を大きくするために全てをささげてきた」。自身のキャリアは川崎の歴史そのものだ。

 引退後の夢もおぼろげながら見えている。「フロンターレから離れるつもりはないです。オニさん(鬼木監督)は『絶対、監督をやった方がいい』と言っているので、ちょっと興味はあります」。その前に独走を続けるリーグと、まだ自身が獲得していない天皇杯の2冠という目標が残っている。「最後まで試合に出続けてタイトルを取りたい気持ちが強い」。残り2か月、14番は最後まで走り続ける。(井上 信太郎)

今季限りでの現役引退を表明し、小林(左)から花束を受け取る川崎・中村(同クラブ提供)
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