阪神ドラフト1位・佐藤輝明の軌跡<4> 高校2年で開始ウェートトレで巨大化 本塁打量産で校舎の窓ガラス破壊

仁川学院高1年時の近大・佐藤輝明。現在よりも体が細かった(仁川学院高提供)
仁川学院高1年時の近大・佐藤輝明。現在よりも体が細かった(仁川学院高提供)

 26日の「プロ野球ドラフト会議 supported by リポビタンD」で、4球団から1位指名を受けた近大・佐藤輝明内野手(21)は抽選の末に阪神が交渉権を得た。関西学生野球リーグ通算最多14本塁打(1982年の新リーグ発足後)を樹立したアマ球界NO1スラッガーの軌跡をwebで連載する。今回は第4回。(取材、構成・伊井 亮一)

 現在187センチ、94キロの佐藤だが、高校入学時は177センチ、65キロだった。父・博信さん(53)は「ひょろひょろの体だった。強豪校に行っても、絶対にダメだなと思っていた」と振り返る。

 希望していた高校に進学できず「指導者の方が一生懸命やっていた」という父の勧めもあり、佐藤は自宅近くの仁川学院高(兵庫・西宮市)に進んだ。1998年夏の東兵庫大会で準優勝したのが最高成績で、全国的には無名の高校だった。

 「家でも小さいサッカーボールを蹴っていた。リフティングはうまい」と博信さんが言うように、中学時代に遊びでやっていたサッカー部に入ることも考えた。迷った末に、友人の誘いもあって「結局、何となく野球部に入った」と、入学してすぐに入部したわけではなかった。

 ただ、両親は佐藤が初めて硬式野球ができる喜びの裏返しとみていた。「ずっと硬式野球をやりたいというのが、彼の中にあったと思う。硬式を握った瞬間に『やっとできた』と言っていたみたい」と、博信さんは明かす。

 5月に初めて練習試合に連れていってもらった時はスパイクを忘れたため、審判をする羽目になった。6月の岡山遠征で初めて練習試合に出場し、B戦の初打席でヒットを放った。2年秋まで監督を務めた中尾和光部長(41)は「細いけど、すごいやつやな。簡単にヒットを打つんやな」と、センスの良さを感じたという。ただ、「1年の時は、周りが納得しないぐらいの取り組み」(中尾部長)でレギュラーではなかった。

 年が明けた1年の3月、解禁後の最初の練習試合もレギュラー組の先発から外れたが、代打で本塁打を放った。さらにダブルヘッダーの2試合目でも最初の打席でアーチを架けた。すると、この月から引退するまで4番を外れることはなかった。3年の最初は捕手、最後の夏は三塁を守った。

 転機は2年冬だった。野球部に誘ってくれた友人の勧めで、西宮市内のジムに通い始めた。「高校に入っても細かったので、僕は筋トレをやれと言っていた。あれで劇的に変わった」と博信さん。ベンチプレスの器具を置くために、自室の勉強机を撤去した。「テスト勉強はどうするの?」と母・晶子さん(48)にあきれられた。身長は10センチも伸び「(身長は)2メートルぐらいになってほしかった。2メートルを超えてもいいように(自宅を)高い扉にした」という博信さんの願い通りになった。

 ウェートトレーニングの成果で、仰天エピソードも生まれた。球を置いてティー打撃をしていると、約120メートル以上もかっ飛ばし、校舎の3階にある窓ガラスを破壊した。佐藤は慌てて職員室に駆け込んだ。

 佐藤「すみません、ガラスを割りました」

 中尾部長「どっから打ったんや?」

 佐藤「ホームベースからです」

 中尾部長「…。すげえなあ…。ナイスバッティングやなあ…」

 試合でも打球を校舎にぶち当てること、しばしば。毎年練習試合を行う他校の監督から「(校舎の)時計の下に当てられて…。あの時の本塁打が忘れられない」と言われるほど、今でも“伝説”になっている。「校舎には、よく打球を当てていた。『誰がやっても、絶対に(校舎に当てることは)ない』。飛距離は恐ろしい。レベルが完全に抜けている感じだった」と中尾部長。2年秋から指揮した辻元伸一監督(46)も「練習試合でも『本塁打を打つかな~』と、プロ野球選手を見る感じ。ヒットなら打ち損じかな、と思ったぐらい」と、変貌ぶりに目を見張っていた。

 3年春からの約4か月で15本塁打を記録し、高校通算20本塁打まで伸ばした。「本当にプロに行くというのが芽生えたと思う。バケモンみたいになった。残念ながら、指導したのではなく、彼が目覚めた」と中尾部長。それでも、プロのスカウト網にかかることはなく、プロ志望届を提出するには至らなかった。

 それから4年。仁川学院高から初めてNPB選手が誕生する。「遠いところに行っちゃった感じがする。AKB48の彼女を連れて帰ってきそう(笑い)。関西に残ってほしいですよ。見に行きたい」という辻元監督の希望がかない、阪神に入団する運びとなる。

 中尾部長は「のんびりしているけど、芯の部分で『自分がこうなりたい』と決めてから、ちゃんと管理してやれることが立派だった」と、成長に目を細める。「(佐藤は)自由奔放の猫ですよ」と笑う辻元監督も「自分で目覚めて、自分でいろんなことを調べてやり出したからこそ伸びた。いい見本。やらされた練習じゃない。プロという目標ができたから、より一層伸びていった」と、ともに佐藤が努力した結果だと力説する。

 辻元監督と中尾部長は、高校を卒業した時に記念のDVDを贈り「プロに行って、監督室を建て直してね」と、期待を込めておねだりした。佐藤はそのエールをきっと覚えているはずだ。

=第5回は31日の午後5時に配信予定=

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