◆松竹株式会社演劇制作部芸文室 戸部和久氏
コロナ禍で2月末を最後に歌舞伎公演が5か月間にわたり中止となり、松竹の若手有志14人が史上初のオンライン公演「図夢(ずうむ)歌舞伎」を作り上げた。その発起人が日頃、歌舞伎など演劇の脚本を担当している演劇製作部の戸部和久氏(36)だ。
緊急事態宣言下の4月下旬に「外出できない状況だからこそ、オンライン配信に取り組むチャンス。今しかない」と思い立った。社内で「面白いことが好きそうなやつ」を集めて「Zoom」を活用したリモート会議を開始。歌舞伎の行く末を憂慮していた松本幸四郎(47)の協力を得て6月中の配信開始を決めた。
「図夢歌舞伎 忠臣蔵」は6月27日から7月25日まで毎週土曜に全5回の生配信で行われた。出演は幸四郎を中心に市川猿之助(44)、中村壱太郎(30)ら。まるで舞台上にいるような臨場感のある映像が新鮮で注目された。何より壊滅的な状況だった演劇界に希望の光をともした功績は絶大だ。
戸部氏が具体的に「忠臣蔵をやりたい」と幸四郎に提案したのが6月1日。それから急ピッチで準備を進め、3週間あまりで初日を迎えた。「歌舞伎はこんなに柔軟にスピード感を持って芝居を作れるということを示したかった」。技術的にも改善させ、初回に定点カメラだった映像は最終日には4台のカメラをスイッチングするまでに進歩。芝居の醍醐(だいご)味を意識して、収録ではなく生配信にこだわった。
最終日の大詰め、討ち入りを成し遂げた大星由良之助(幸四郎)が感極まって涙した。「由良之助というより、幸四郎さん自身、生でやっている芝居が『お客様に届いた』という確信を持ったんだと思う。僕らにとっても感慨深かったですね」。一発勝負の生配信でなければ、あり得なかった幸四郎の涙は「日本シリーズのマー君(田中将大)の快投、WBCのイチローの決勝打みたいなもの。その瞬間にしか見られない感動があった」と振り返る。
当初は全てが手探り状態で「幸四郎さん、巻き込んでしまって、すいません」と思っていたが、最後の涙によって全てが帳消しになった。「内容の良し悪しはともかく『図夢歌舞伎』というジャンルを作った。歴史を作ることができた」と胸を張った。(有野 博幸)