【2011年10月24日】都市対抗でJR東日本東北・森内寿春が大会史上2度目の完全試合達成

スポーツ報知
JR東日本東北の森内(中央)は完全試合を達成し、ナインとともに大喜び

 東日本大震災の影響で、夏の東京ドームではなく、秋に延期され、会場も京セラドーム大阪に変更された大会で、54年ぶり2度目の快記録が生まれた。

 1回戦の三菱重工横浜(横浜市)―JR東日本東北(仙台市)で、JR東日本東北・森内壽春投手が完全試合を達成。長い歴史を誇るNPBでもわずか15人。高校野球でもセンバツでは2人が記録したものの、夏の甲子園では達成者がいない快記録だ。

 森内は得意のチェンジアップで最後の打者を空振り三振に仕留め右拳を高々と突き上げた。打者27人、12奪三振、内野ゴロ3、内野飛球7、外野飛球5の堂々たるピッチングだったが、快挙達成の助けになったのは、終盤まで緊迫した試合展開だったとも言える。

 森内が淡々と打ち取る一方で、打線も相手投手を攻略できない。7回までノーヒットに抑えられ、出した走者は3四球のみ。試合を見ながら完全試合達成の予感より、ノーヒットノーランで負けるんじゃないかとの疑念が強かったことを思い出す。8回裏に4安打と敵失などで4点を加える理想的な展開。援護が早ければ記録のプレッシャーに押しつぶされたかもしれない。

 試合後、興奮する報道陣に対し、森内は笑顔を絶やさないものの、どこまでも冷静だったことを思い出す。「給料前でお金がないんですよ」と札入れにお札がない財布を見せて苦笑いする一幕も。それでも震災の影響で野球部の活動は一時休止となり、被災地で仙石線の代行バスの手配や被災した本塩釜駅の清掃など社業に専念したことを明かすと「泊まり勤務明けは体がキツイけれど、みんなが震災でつらいときに、野球をやらせてもらえる喜びがあった」と話していた。

 当時26歳。プロ入りの可能性もラストチャンスだった。この試合の快挙で、大会前はリストにも上がっていなかったが、3日後のドラフト会議で日本ハムから5位指名を受け念願のプロ入りを果たすと、大会でも4強までチームを押し上げた。

 「たれれば」を言ったらきりがないが、もし地震が起きず夏の開催だったらどうなっていただろうか。森内は文字通り、自らの力で千載一遇のチャンスをつかんだ。被災地に希望をもたらそうと純粋に腕を振って男が投げた132球。神様がくれたご褒美だったかもしれない。(高柳 義人)

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