大院大、駆ける!悲願の頂点へ…全日本大学女子駅伝25日号砲

ナンバーワンポーズで気合いを入れる大院大女子駅伝チーム
ナンバーワンポーズで気合いを入れる大院大女子駅伝チーム

 大阪学院大陸上競技部が25日の「第38回全日本大学女子駅伝対校選手権大会」(杜の都駅伝=宮城・弘進ゴムアスリートパーク仙台スタート、仙台市役所前市民広場ゴール=6区間38・1キロ)に出場する。27度目の出場となる今回は、戸田朱音主将や橋本晴圭(ともに4年)を中心に悲願の初優勝を目指す。また、ゴルフ部の若原亮太主将と19年日本学生選手権覇者の砂川公佑(ともに4年)、特別指定選手としてBリーグでプレーしたバスケットボール部の吉井裕鷹(4年)がプロへの思いを語った。

  • チームを引っ張る4年生の戸田朱音主将(左)と橋本晴圭
  • チームを引っ張る4年生の戸田朱音主将(左)と橋本晴圭

■27度目の出場
 大院大が「自主自立」をチームのテーマに掲げ、杜の都駅伝の初優勝を狙っている。全日本大学女子駅伝は27度目の出場となるが、過去最高成績は2014年の3位。戸田主将は「自分で考えて行動、練習できるということを頭に入れて、目標を明確に今すべきことができています」と自信をのぞかせた。

 昨年は2時間9分34秒で2年連続の7位に終わった。コースの高低差が激しい6区(6・7キロ)を走った戸田は「最後に順位を一つ落としてゴールしたのでチームに申し訳なかった」と反省。練習から意識を変え、最後は必ずスピードを上げて走り終えるなど、上り坂対策に特化した。8月に大分で行われた夏合宿では、20キロのロード走でラスト2キロの上り坂を集団から離れず走り切った。「1年間で坂に対する自信をつけられました」とリベンジする準備は十分だ。

 戸田とともにチームを先導する橋本は、大阪国際女子マラソンに19年(26位)、20年(33位)とネクストヒロイン枠で出場した実力者。父・好弘さん(48)が地元の消防団で行っていた活動を誇りに思い「10年間陸上で鍛えた忍耐力や体力を地元で生かしたい」と消防士を目指して奮闘中だ。今大会は進路決定を優先し、メンバーを支える役に徹する。試験に集中するため一時チームから離れたが、「みんなの走る姿を久しぶりに見たら体つきが変わっていました。チームの底上げができるように練習の走りでサポートしたい」と仲間の後押しを約束した。

  • 一致団結して初優勝を目指す
  • 一致団結して初優勝を目指す

 先月の関西学生対校女子駅伝では惜しくも2位。連覇は逃したが3つの区間賞を獲得し、昨年からタイムは30秒以上縮まった。戸田は「悔しさは全員がかみ締めています。でも一人ひとり成長していると思う」と力強く言い切った。

 最低でも全日本で3位以内、を目標に掲げる。橋本が「先輩後輩が互いに負けじと取り組めている」と話せば、戸田も「4年間いた中で一番いい雰囲気。練習で自信をつけられたので、いいイメージで仙台に入っていきたい」と意気込む。杜の都でタスキをつなぎ、初の頂点へ駆け抜ける。

 ◆大阪学院大学陸上競技部 1967年創部。女子の長距離部員は選手18人。全日本大学女子駅伝での最高成績は14年の3位。主なOGは高橋尚子(00年シドニー五輪女子マラソン金メダリスト)。大学のOBに福田充徳(お笑い芸人・チュートリアル)。

 ◆全日本大学女子駅伝対校選手権 1983年に始まった大学女子駅伝の日本一決定戦。2004年までは大阪市で開催。05年から仙台市に舞台が移った。オープン参加の石巻専修大学を含む25チームが参加。上位8校に翌年のシード権が与えられる。関西勢の優勝は立命大が通算10度(03、04年、06~08年、11~15年)、京産大が4度(94~97年)、大体大(84、85年)と佛教大(09、10年)が各2度。

  • プロでの活躍を誓うバスケットボール部の吉井裕鷹
  • プロでの活躍を誓うバスケットボール部の吉井裕鷹

■バスケ部から、ゴルフ部から、プロの世界へ羽ばたけ
〈バスケットボール部・吉井 裕鷹(4年)〉
 バスケットボール部の吉井はすでにプロへの一歩を踏み出している。18・19シーズンに特別指定選手として大阪エヴェッサでプレー。「技術、フォーメーション、バスケに対する考え方を教わった。生半可な気持ちでは続けていけない世界」とレベルの高さを痛感した。

 196センチ、93キロの体格は大学レベルでは相手の脅威。1試合に40得点をマークしたこともある。しかし、トップクラスはそう甘くない。そのため、エヴェッサでは小回りが効く選手として育成された。大学ではあまり打っていなかったスリーポイントシュート(3P)も猛練習。大学では吉井の3Pを使った攻撃が戦略の1つになった。

 「この大きさで外から攻められたら持ち味になる。外回りのバスケを覚えたかったからいい機会だった。チーム的にも個人的にも外回りをした方がはまってきている。でも、まだ発展途上」。プロの世界を経験し、視野が広がった。謙虚さを持ち、自身を冷静に分析できる性格はプロ向きだ。

 小学4年からバスケを始めて13年。ようやく、自分が想像する姿に近づいてきた。「プロでやっていけるという自信はここ2年で大きくなった」。来季から再び大舞台でプレーできることを信じ、吉井は己を磨いている。

  • プロツアーでの飛躍を思い描くゴルフ部の若原亮太主将(右)と砂川公佑
  • プロツアーでの飛躍を思い描くゴルフ部の若原亮太主将(右)と砂川公佑

〈男子ゴルフ部・若原 亮太、砂川 公佑(ともに4年)〉
 男子ゴルフ部は11月の「信夫杯争奪日本大学ゴルフ対抗戦」で4年ぶりの優勝を目標に掲げてきた。しかし、新型コロナウイルスの影響で中止となり、4年生は9月に引退。若原主将は「あっという間だった。先輩は優勝争いして、うれしがったり悔しがったりしていたのを見た。今回はそれがなくて、寂しかったところもある。それでも主将をやって良かった」と複雑な胸中を明かした。

 19年の日本学生選手権で優勝経験がある砂川も「全国にずっと出ていたので、最後の年に全国で優勝争いをしたかった」と悔しさをにじませた。大学4年間で最も印象に残っていることについて2人は「冬に万博公園の外周を朝6時から8キロ走って、先輩より先に帰って朝ご飯を用意したことです」と口をそろえて答え、懐かしそうに笑った。

 つらかったことも、2人の共通の夢であるプロへの過程と考えればいい思い出だ。「4年間でプロに近づけたと思う。だけど、まだまだ差は感じる。少しでも上に行けるように頑張りたい」。ドライバーの平均飛距離290ヤードを誇る主将が将来を見据えれば、166センチ、75キロの砂川も「日本のツアーで優勝して、しっかり準備して海外に挑戦したい」と大きな夢を抱く。

 「ドライバーが好きで、曲がらないのがいいところ」(若原)、「アプローチの10ヤード以内のショットが得意」(砂川)とそれぞれが持ち味をアピール。自身の強みを生かし、大舞台に羽ばたいてみせる。

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