酷暑の中で金メダルを取った19年ドーハ世界陸上から、1年がたちました。正直、まだダメージが大きく体に残っているのを感じます。暑さだけでなく、深夜のレースで、生活リズムを夜帯にしていたことなど、さまざまな要因が重なった疲労です。延期をメリットにするべきではないのですが、今の体の状態で東京五輪は戦えなかった。助かった、という気持ちが大きいですね。8月20日に結婚して、責任感もいっそう増しました。焦らずに、体の状態を戻していければと思っています。
競歩とは、もう20年近く向き合ってきました。ここまで突き詰められたのは、私の体に競歩が合っていた、という点が一番大きいと思っています。長距離走では筋肉を無理やりに使って、自分の力を出し切れていない感覚があったのですが、競歩は地面からの反力を自分の体にしっかり伝えて、思い通りにスピードが出せる感じだった。もちろん、走った方が絶対的に速いですけど、競歩の方が体感する速度は上だった。そこで感じた楽しさが競歩の世界に入っていく原点でした。
出身地の石川県は、競歩競技が盛んな地域でもあります。競歩を始めた中学生当時、身近な高校生と一緒に練習できていたのも、はまったきっかけとしては大きいですね。走りなら、中学生と高校生は体格差があってタイムではとても張り合えないけど、競歩なら競い合うことができます。子供なのに大人と戦えているような感覚が、楽しかったのをよく覚えています。
競歩が長距離走と異なる点としては、歩型の存在も抜きには語れません。歩型違反による失格を常に考えなければいけない反面、歩型の改善で、記録を大幅に向上できる可能性もあるわけです。スピードを出すために必要なのはどんな歩型なのか―。長距離走より考える要素が多く、探究心を持つ楽しさがある。考えることさえやめなければ、いくらでも自分を向上できます。スポーツですから、身体的な才能が全く必要ないことはありませんが、競歩に関しては考える力がトップ選手になるために最も必要な能力だと思います。
◆鈴木 雄介(すずき・ゆうすけ)1988年1月2日、石川・能美市生まれ。32歳。辰口中1年で競歩を始め、小松高時代に全国高校総体制覇。順大を経て富士通入り。20キロは2011年大邱世陸8位入賞。15年3月の全日本能美大会でマークした1時間16分36秒は、現在男女通じて日本勢唯一の世界記録。50キロは19年秋のドーハ世陸で日本勢初となる金メダルを獲得し、東京五輪代表内定。171センチ、58キロ。