森福允彦さん、巨人での3年間を語る…憧れと気負い、若きナインとの交流…現役引退から1年

スポーツ報知
巨人でも人望が厚かった森福さん。現在は福岡を中心に解説者として人気を集めている

 昨年限りで13年間のプロ野球生活に別れを告げた森福允彦さん(34)。ソフトバンクでは11年から4年連続で50試合以上に登板し、13年にはWBC日本代表に選出されるなど、球界を代表する中継ぎとして活躍した。16年オフに巨人へFA移籍。勝利の方程式の一角として期待されたが、3年間で計39登板と本領発揮はならなかった。巨人での3年間を、改めて振り返ってもらった。(聞き手・加藤 弘士)

 FAすべきか、否か―。プロ野球選手にとって、大きな決断である。ソフトバンクのセットアッパーとして、11年の中日との日本シリーズ第4戦(ナゴヤD)では無死満塁から登板し、小池、平田、谷繁を抑え「森福の11球」と呼ばれる伝説のリリーフを見せた森福さん。しかし、15年と16年はワンポイントに甘んじていた。そのオフにFA宣言したときの心模様は、どのようなものだったのか。

 「FAする前の年(15年)に32試合しか登板できなくて、あまりいい成績(防御率5・82)ではなくて、考える時間が増えたんですよね。50試合を投げることは当たり前のことだと思っていたので。『俺は何をしているんだろう』と。自分の野球人生、このままじゃダメだと思っていたんで」

 そんな中、巨人からオファーが届いた。由伸政権の1年目を2位で終えた巨人は、不動のセットアッパー・山口鉄也が63試合に登板しながらも、防御率4・88と安定感を欠いていた。経験豊かな森福さんに白羽の矢が立つのは必然でもあった。

 「巨人は小さい頃からの憧れでした。巨人のユニホームを着られたことに、むちゃくちゃ喜びを感じていました」

 フル回転が期待されたが、移籍1年目の登板数は30にとどまり、期待を裏切ってしまった。2年目の18年は1軍での登板がわずか2試合。実績十分のベテランにもかかわらず、秋は宮崎での教育リーグに参加し、巻き返しに燃えた。

 だが、原監督が指揮官に返り咲いた19年も、1軍登板は7試合のみ。イースタンではチーム最多の41試合に登板し、2勝2敗4セーブ、防御率1・60の好成績を残していたが、そのオフ、戦力外を通告された。

 「FAで行けば当たり前なんですけど、自分の中では、1年目から結果を残さなきゃいけないという気負いも、すごくありました。プレッシャーもあったと思います」

 それでも気持ちが切れることはなかった。いつ出番が来ても対応できるよう、G球場で牙を研ぎ続けた。おのずと若手と過ごす時間が長くなった。

 「ホークス時代から契約更改の場で、『後輩を引っ張って、いろいろ教えてやってくれ』と言われていたこともあって、巨人に来てからも率先してコミュニケーションを取っていました。僕は背中で語るタイプじゃないので、経験したことを言葉で伝えていこうと思って。積極的に後輩たちに声をかけていったつもりです」

 ファームで特に将来性を感じた男は、誰か。

 「松原と北村には、『お前、すごくいい選手だから。頑張れよ』ってずっと言っていました。松原は性格はブッ飛んでいますけど(笑い)、アイツのセンスは本当にピカイチで、あんなに思い切ってバットを振れる打者はなかなかいないので。北村も打撃センスや、ハンドリングにはむちゃくちゃセンスがあって。よくクラブハウスの風呂で語ったりしましたね。『いい選手だから。絶対大丈夫だよ』って」

 投手ではやはり、今季ブレイクしたあの剛腕が気になっていたという。

 「戸郷はすごかったですよ。メンタル的に、自分の世界を持っている。マイ・ワールドがあるんです(笑い)。絶対にブレないですもん。黙々と自分でやるタイプだったんで、自分から何か言う必要はありませんでした」

 時折、原監督がG球場へと視察に訪れた。

 「原監督とは、しゃべるだけで緊張しましたね。『ちょっと、森福』とG球場で呼ばれた時は、むちゃくちゃ緊張しました。『お前にチャンスを与えるから』と言われて、だいぶテンションが上がりましたからね。選手の気持ちを上げるのがとても上手な方。FA選手としては活躍できなかったことが、申し訳ない気持ちです」

 13年の第3回WBCで侍ジャパンのチームメートとして交流が始まった坂本勇人とは、グアムで一緒に自主トレも行った。過ごした日々は大きな財産だと力を込める。

 「勇人は何事にも全力。めちゃくちゃ熱いものを持っていますよ。結構、語ったりするんですけど、秘めているものはすごいですね。天才的な感覚もあるし、責任感も強い。先輩・後輩の関係も意外にちゃんとしている。先輩を立てて、盛り上げるようなこともしますからね。すごいヤツですよ」

 戦力外通告後の11月に受けた12球団合同トライアウトでは、参加投手中、最年長。3人と対戦して2三振を奪ったが、NPBからのオファーはなく、現役引退を決断した。現在は福岡を拠点に、ラジオを中心に解説の仕事をしている。選手心理を読み解く、現場に近いトークはファンにも好評だ。

 「巨人では思うような結果を残せませんでしたが、自分の人生なので、やりたいようにできたことについては、本当に後悔はしていません。G球場でも応援してくれたファンの皆さんがたくさんいました。ファンの方々への感謝の気持ちはこれからも、ずっと忘れずにいたいと思っています」

 ◆森福 允彦(もりふく・まさひこ)1986年7月29日、愛知・豊橋市生まれ。34歳。豊川高では2年夏、3年夏に愛知大会準優勝も甲子園出場はなし。野村克也監督が率いる社会人のシダックスを経て、2006年大学・社会人ドラフト4巡目でソフトバンク入団。08年にサイドへ転向すると頭角を現し、球界屈指の中継ぎとして13年にはWBC日本代表に選出。16年オフに巨人へFA移籍。19年限りで現役を引退した。プロ13年間で423試合に登板し、17勝17敗18セーブ134ホールド、防御率2・59。

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