「あそこに打たれたオレが悪かった」―名外野手フラッドのミスをかばった通算251勝のギブソン氏が死去

1968年の日米野球、巨人戦でダイナミックなフォームを披露したボブ・ギブソン氏
1968年の日米野球、巨人戦でダイナミックなフォームを披露したボブ・ギブソン氏

 カージナルス一筋で通算251勝を挙げたボブ・ギブソンさんが2日、膵臓がんとの闘病の末に死去したと同日の地元紙セントルイス・ポスト・ディスパッチ(電子版)が報じた。84歳だった。

 1959年にデビューし、一塁側に倒れ込むような豪快な投球フォームで1961年から14年連続で2桁勝利をマーク。中でも68年には12試合連続完投を含む15連勝など22勝9敗、防御率1・12でMVPとサイ・ヤング賞のダブル受賞。翌年から打者に有利になるよう、マウンドの高さが低く変更される契機になったとされる。

 ワールドシリーズでは1964、67年にMVPになったほか、9度の登板すべて完投し7勝2敗とシリーズの申し子のような成績も残した。

 ゴールドグラブ賞は9年連続受賞。サイ・ヤング賞には70年にも輝いた。81年に米国野球殿堂入りを果たした。

 あれは野茂投手が先発する1995年8月10日、ドジャー・スタジアムの試合前だった。カージナルスの名誉コーチとしてチームに帯同していたギブソンさんを取材するチャンスがあった。プロバスケットボールのチームにも所属してメジャーデビューが25歳と遅かったことで、同じ年齢でメジャーデビューした野茂について話を聞いた。彼は、「デビューが遅くたって、彼(野茂)なら成功できる、それだけの素質を身につけている」とエールを送ってくれた。

 それから、現役時代の思い出話も淡々としゃべってくれた。私はワールドシリーズ7連勝で迎えた1968年第7戦、両軍無得点の7回。タイガースのノースラップの中堅へのライナーをゴールドグラブ賞の常連カート・フラッドが一度前進した後、足を滑らせて頭を越された、決勝点を許したシーンについて聞いた。

 「取っていればその後も0に抑える自信があった」というようなコメントを期待していた。

 しかし、彼は「あれはフラッドが悪いんじゃない。あそこに打たれたオレが悪いんだ」ときっぱり言った。彼のチームメートへのリスペクト(敬意)、真摯なものいい、この出会いでなお一層ファンになったのは言うまでもない。

 この年(1968年)のカージナルスはシーズン中、49日間51連戦という超強行軍をクリアして、リーグ2連覇。ワールドシリーズ3勝1敗から3連敗で敗れる悪夢にもかかわらず日米野球のために来日。獅子奮迅の1年を過ごしたギブソンさんは疲れもありながら4試合に先発して日本のファンに豪快なフォームを披露してくれた。

 カージナルスでは9月に、一緒に3度のリーグ優勝に貢献した通算938盗塁のルー・ブロックさんが死去。そして前夜、ワイルドカードシリーズに進出していたチームはパドレスに連敗し敗退。ギブソンさん、ブロックさんの弔い合戦とはならなかった。

 蛭間 豊章(ベースボール・アナリスト)

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