レツゴー正児さん死去、上方漫才トリオ「レツゴー三匹」リーダーが仲間の待つ天国へ

レツゴー正児さん
レツゴー正児さん

 上方演芸の漫才トリオ「レツゴー三匹」で人気を博したレツゴー正児(本名・直井正三=なおい・しょうぞう)さんが9月29日午後5時48分、肺炎のため大阪市内の病院で亡くなった。80歳だった。告別式は2日午前に密葬で営まれ、その後、所属する松竹芸能が訃報を発表した。“キューピーちゃん顔”が特徴のレツゴーじゅんさんは2014年に68歳で、あごヒゲがトレードマークだったレツゴー長作さんは18年に74歳でそれぞれ死去。最年長だったリーダーが、仲間のいる天国へ旅立った。

 松竹芸能によると、正児さんは2014年、認知症と診断され、芸能活動を休止して自宅療養していた。この年の6月に大阪・天満天神繁昌亭で漫談を披露したのが最後の舞台となった。

 正児さんは3か月ほど前から体調を崩し、大阪市内の病院に入院。肺炎のため容体が急転し、帰らぬ人となった。葬儀は喪主の妻・清川(きよかわ)さかえさんと長男、長女、次男の家族葬でしめやかに営まれた。お別れ会などはコロナ禍の状況もあり、未定だという。

 正児さんと吉本時代から60年近い親交のある元漫才コンビ「コメディNo.1」の前田五郎(78)は、入院先を見舞ったが「僕の顔も分からないようだった。ものすごく真面目で頭がよかったが、熱心過ぎるところもあった」と残念がった。

 明快な芸が持ち味だった。舞台に登場すると「じゅんで~す!」「長作で~す!」の順で自己紹介し、センターの正児さんがものまねで「三波春夫でございます!」と両手を広げ、2人に平手打ちをくらう口上で一世を風靡(ふうび)した。正児さんはツッコミ役。最年長のリーダーとしてネタ作りや進行を務めた。

 73年には最高峰とされる「上方漫才大賞」の大賞を、79年には「上方お笑い大賞」の金賞を受賞。松竹芸能の金看板になったが、関係者によると平成に入った頃から他の2人と方向性の違いが生じ、トリオの活動は事実上の休止状態に。正児さんは講演や司会業などで活動。じゅんさん、長作さんは俳優業に活路を見いだした。

 それでも後輩には優しく、芸人としての信頼も厚かった。横山ひろし(73)は駆け出しの頃、三波春夫さんのツアーに同行した経験から相方・横山たかしさん(19年死去)が「お客様は神様です」をネタにしたところ、正児さんに“横取り”されたことを回顧。「晩年『わしがやってスマンかった!』と言ってくれましたが、あれは正児さんがやって正解やった。全国的に、はやったから」と納得。「レツゴー兄さんは皆、良い人でした。天国で『お客様は神様です』と楽しませてください」と冥福を祈った。

 ◆レツゴー正児(れつごー・しょうじ)本名・直井正三。1940年8月11日、香川・琴平町出身。高校卒業後の63年、ラジオの漫才企画で知り合った横山やすしさん(96年没)との「横山やすし・たかし」で漫才師デビュー。翌年に解散し、兄の芸人・ルーキー新一さんを頼り吉本興業入り。69年には松竹芸能所属となり、新一さんの劇団「ルーキー爆笑劇団」で一緒だったレツゴーじゅんさん(後に逢坂じゅんに改名)、レツゴー長作さんと「レツゴー三匹」を結成した。

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