【オリックス】西本幸雄魂も逆転負け、福本豊氏「じっちゃんの指導がなければ今の僕はない」

試合前セレモニーで、西本監督の背番号「50」が記された、67年阪急ブレーブス初優勝当時のユニホームを着用して整列するオリックスナイン
試合前セレモニーで、西本監督の背番号「50」が記された、67年阪急ブレーブス初優勝当時のユニホームを着用して整列するオリックスナイン

◆パ・リーグ オリックス6―7西武(1日・京セラドーム)

 オリックスは「誇り高き闘将~西本幸雄メモリアルゲーム~」を開催した。首脳陣、選手は西本元監督が前身の阪急を初優勝に導いた1967年の復刻ユニホームを着用。今年4月に生誕100周年(2011年に死去)を迎えた名将の背番号50を身につけたが、逆転負けを喫した。教え子でOBの福本豊氏(72)=スポーツ報知評論家=が令和によみがえった“勇者”の姿を「見た」。

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 懐かしいなぁ。このストライプのユニホームは僕が入団時のもの。背番号50の西本監督に鍛えられて、一人前に育ててもらった。松下電器の後輩の加藤(秀司、1968年ドラフト2位)のおまけの7位で入団。3年で芽が出なかったら実家のラーメン屋を継ごうと思っていた。「じっちゃん」の指導がなければ今の僕はない。

 盗塁を増やす秘けつを聞かれると、必ず「たくさん塁に出ること」と答える。冗談ではなく本気でそう思っている。ルーキーの時に監督から、両足を踏ん張って体の回転で打つ打撃を教えてもらった。内野安打を狙って、チョコンと当てるようなスイングをしたらきつく叱られた。オフには黙々と素振りして西本型のスイングを体に染み込ませた。翌年のキャンプで別人のような打撃を見せると、じっちゃんが「誰に教えてもらったんや」としつこく聞いてくるのがおかしかった。

 今のオリックスにも当時の僕のように、磨けば光る楽しみな若手がたくさんいてる。育成出身の大下なんかはハングリー精神があふれ出て、チームに刺激を与えている。球団の名前は変わったけど「勇者の伝統」を引き継ぎ、再び黄金時代を築いてほしい。

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