11&15年W杯メンバー・湯原祐希さん36歳で急死 今春から東芝コーチ クラブハウスで突然倒れる

11年1月、トップリーグのサントリー戦でプレーする東芝・湯原さん(中)
11年1月、トップリーグのサントリー戦でプレーする東芝・湯原さん(中)

 ラグビー・トップリーグ(TL)の東芝は30日、2011、15年W杯日本代表フッカーでFWコーチの湯原祐希さんが29日に死去したと発表した。36歳だった。東芝によると29日朝、東京・府中市内のクラブハウスで全体練習開始前に自転車型のマシンをこいでいた時に突然、倒れた。その場に居合わせた選手、スタッフ数人がすぐに119番通報、AED処置など適切に対応し病院へ緊急搬送されたが、帰らぬ人となった。急死として死因は公表しない予定。

 湯原さんは流通経大から2006年に東芝入り。08年のTLデビューから120試合に出場し、スクラム最前列中央でスクラム職人らしく体を張り続けた。19年から選手登録をしながらアシスタントコーチに就き、今春からコーチに専念。現役時代と変わらぬ分厚い体で、21年1月開幕の来季TL日程が発表された28日まで元気に指導していたという。

 2度目のW杯だった15年は日本代表の躍進を支えた。東芝の先輩・広瀬俊朗氏と2人だけ4試合で出場機会がなかった。しかし、ポジションを争う後輩も含めFW陣へアドバイスを惜しまず、練習相手を務め、裏方の仕事まで手伝った。「ユハさん」と呼ばれ仲間からの信頼は厚かった。当時のヘッドコーチ、エディー・ジョーンズ氏はマネジメント会社を通じ「特別な選手で、誇りある一員だった。一生懸命練習に打ち込み、チームプレーに徹する私欲とは無縁の選手だった。心よりご冥福をお祈りする」と悼んだ。

 東芝を09年度以来のTL優勝に導くべく指導者の道を歩み始めたばかり。チーム内は動揺が激しく、29日はミーティングだけに変更し、今後の練習予定は協議している。チームの枠を超え多くの選手、ファンから愛された功労者が突然去った悲しみは、あまりに深い。

 ◆湯原 祐希(ゆはら・ひろき)1984年1月21日、千葉県生まれ。小1から印西ラグビースクールで競技を始め、千葉・流通経大柏高、流通経大を経て2006年4月に東芝入り。08年第6節のIBM戦でTLデビューし、120試合に出場。日本代表は10年5月の韓国戦に初出場し通算22キャップ。W杯は11、15年に選出された。現役時は173センチ、107キロ。

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