【新大関ばい 正代の原点】(上)ここ一番で緊張ガチガチ顔面そう白…母・理恵さんが回想

小学校入学前の正代(左)
小学校入学前の正代(左)

 大相撲秋場所で初優勝し、大関昇進を確実にした関脇・正代(28)=時津風=が28日、都内で一夜明けリモート会見に臨んだ。昇進は30日の11月場所(同8日初日、東京・両国国技館)番付編成会議と理事会で正式決定するが、本名しこ名は「変えるつもりはない」と大関・正代でいくと明言。今後の活躍次第では、輪島以来2人目となる昇進時の本名横綱へ夢も広がる。スポーツ報知では「新大関ばい 正代の原点」と題して3回連載で素顔に迫る。

 2015年秋場所の新十両会見で「対戦したい力士は?」と問われ、「できれば皆と当たりたくない」と“本音”を漏らした正代。師匠の時津風親方(元幕内・時津海)を「バカじゃないの、お前」とズッコケさせた。ひょうひょうとした表情から発せられるネガティブ発言が注目を集める。

 幼い頃から、緊張しがちな性格。母・理恵さん(56)は「やっぱり、なかなかここ一番で緊張して、力が出せないタイプだった」と明かす。小学1年から相撲を始めたが、小学生の全国大会「わんぱく相撲」に出場したのは5年生の一度だけ。当時は県予選を突破した1人しか出場できず、抜きんでた強さはなかった。体格も「周りの子よりは一回り大きいくらい」。小学6年で約160センチ、体重60キロほどの、心優しい少年だった。

 母は明かす。「中学校の時、まだ上級生がいる頃です。団体戦で自分が勝たないと九州大会に行けないという場面になると、顔面そう白になっていた」。優勝がかかるようなここ一番になると、体が動かずに負ける。だが優しく穏やかな性格から、周囲の友人からは慕われていたという。

 正代が東農大を卒業後にプロ入りした時も、理恵さんは「こういう格闘技の世界に行く性格じゃないんだけどなあ」と思っていた。今となっては、角界の看板力士に。「体力的なこと、精神的なこと、本人が自分で改善したんだと思う。早かったのか遅かったのか…」と苦笑いしつつ、その確かな成長に目を細める。大成する土台を築いたのは、大学での4年間だった。(大谷 翔太)

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