高校球児にも伝承される「ノムラの考え」…アマ球界でも奮闘する野村克也さんの“遺伝子”

シダックス時代に野村さんの後任監督も務めた昭和第一学園の田中善則監督。ミーティングでは「ノムラの考え」をナインに注入している
シダックス時代に野村さんの後任監督も務めた昭和第一学園の田中善則監督。ミーティングでは「ノムラの考え」をナインに注入している

 「財を遺すは下、仕事を遺すは中、人を遺すは上なり」-。生前の野村克也さんが口癖のように話していた言葉だ。薫陶を受けた“遺伝子”は球界の各所に根を張り、若き野球人にその教えを伝えている。社会人野球・シダックスではコーチとして名将に仕え、後任の指揮官も務めた昭和第一学園の田中善則監督(52)もその一人だ。「ノムラの考え」は十代の若者たちに、どう響くのだろうか。(加藤弘士)

 JR立川駅からタクシーで10分。閑静な住宅街の中に、昭和第一学園のキャンパスはある。野球部の練習場はサッカー部やラグビー部などと併用で、やや手狭だ。だが日が暮れた後も、ナインは活力みなぎる表情で鍛錬に取り組む。就任7年目の田中監督は汗を流す選手たちを眺めながら、恩人へと思いを馳せた。

 「2月11日のことは忘れられません。野村監督が亡くなられたと聞いて、すぐにご自宅に飛んで行ったんです。心がつらい中で、対面させていただきました。足元にシダックスのユニホームを置いてくれて…。それが僕たちにとってはすごくうれしくて…」

 プロ12球団の監督のうち、実に6人が野村監督のもとでプレー経験があるというのは有名な話だ。五輪日本代表の稲葉監督も“野村チルドレン”の一人。「人を遺す」ということに関して、野村さんの偉大さが分かる。そして03年から3年間、GM兼監督を務めたシダックス時代の教え子たちの多くが、高校や大学、少年野球の指導者や裏方として“野球の伝道師”となっている点も見逃せない。

 田中監督は日々、部員たちに野村さんの新聞記事などのプリントを配り、熟読した上で感想を記すことを求めている。技術論だけでなくリーダー論、組織論、あるいは人としていかに生きるべきかなど、当時のミーティングで直接学んだ内容だ。

 「選手たちは野球ノートをつけているのですが、しっかり読んで、自分のノートに貼るように指導しています。野球の基本はこうあるべきというセオリーがなければ、応用もできない。せっかくだからみんなで勉強しようよと、やっているんです」

 活字離れのご時世。ただでさえ練習で疲れている高校球児がじっくりと文字を追い、頭にたたき込むのは簡単なことではないかもしれない。

 「野村監督は『漫画でもいいから本を読め』『活字に触れろ』と、そこには厳しかったんです。今はスマホでちょちょいと調べて終わっちゃう時代。でも読んで考えて、『こんな考えもあるんだなあ』と、自分の力にしてほしいと思うんです」

 書店の野球コーナーに行けば、今でも「野村本」は所狭しと並んでいる。特筆すべきはそれらが純粋な野球の本ではなく、ビジネス本としても人気を呼んでいるということだ。

 「彼らもいつかは社会に出て、若い人を導く立場になる。組織作りやリーダーはどう振る舞うべきかはもちろん、あいさつやマナーの大切さを将来、『そう言えば高校時代、野村監督のあの考えを読んだことがあったな』と、ふと思い出せるようになってもらえたらと考えているんです」

 日大三、東海大菅生、早実…と全国屈指の強豪校がひしめき合う西東京。勝ち上がるのは容易ではない。しかし勝敗を超え、田中監督が手応えを感じている事象がある。大学でも野球を継続する卒業生が増えてきたのだ。

 「就任7年目、今年の3年生を入れると、のべ40人が大学でも続けるようになります。ここで学んだ『考え方』を自信にして、次のステップでもより野球を好きになってくれたら、これ以上の喜びはありません」

  • 田中善則監督と昭和第一学園ナイン
  • 田中善則監督と昭和第一学園ナイン

 キャプテンの若井春介二塁手に話を聞いた。ノムラの考え、触れてみてどうですか?

 「野球をやる以前に、人として、野球人としてどうあるべきかを考えながら活動しています。田中監督の野球には、常に野村監督の教えがベースにある。部員全員が読み込んで、共通認識となるようにしています。少しでも吸収して、全力で取り組んでいけたらと思っています」

 主将としてやや硬くコメントした後、「試合でその通りにやったり、行動に移すのは難しいときもあります」と笑った。それでいいんだよ。かつて、プロの名選手たちもたくさんのボヤキを浴びて、それを糧に一生懸命練習して、成長していったんだ。ノムさんの言葉の数々が心の宝物になるのは、今でなくてもいい。大人になってからある日突然、気づくかもしれないから。

 「オレの夢は高校野球の監督だった。池田高校の蔦さんがプロ(東急)の出身者で、あんなうらやましいことはない。『蔦さん2世』になりたいと常々、思っていたんだ。やっぱ甲子園、行きたいよね…」

 亡くなる数か月前、野村さんが笑顔でそう話してくれたことを思い出す。

 黒土の聖地に月見草の遺伝子がたどり着き、大輪の花を咲かせる-。近い将来、そんな光景が見られることを、野村さんも天国から楽しみにしているに違いない。

 ◆田中 善則(たなか・よしのり)1967年10月1日、東京都生まれ。52歳。法政一高2年時に春夏甲子園に出場。法大では3度のベストナイン。卒業後は三塁手としてたくぎん、シダックスで活躍。2002年の引退後はシダックスのコーチを務め、05年に野村克也氏を継いで監督に就任するが、翌年廃部。東光電気工事での営業職を経て、14年7月から現職。11年にはタイ代表のヘッドコーチも務めた。現在は母校・法大の多摩キャンパスで野球、ソフトボールの講義も行う。

シダックス時代に野村さんの後任監督も務めた昭和第一学園の田中善則監督。ミーティングでは「ノムラの考え」をナインに注入している
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