体操次世代エース候補・橋本大輝「本当に完璧な環境はない」 廃校になった小学校から飛躍的成長を遂げる

橋本が中学卒業まで汗を流した体育館
橋本が中学卒業まで汗を流した体育館

 体操男子に次世代のエース候補が現れた。すらりと伸びた手足が印象的な19歳、橋本大輝(順大)だ。千葉・市船橋高3年だった昨年は世界選手権で団体銅メダルに貢献すると、個人総合の日本一を決めるスーパーファイナルでは優勝。グイグイと頭角を現した新星は、来夏の東京五輪でも代表入りに期待がかかる。そんな橋本の原点は廃校になった小学校。小さな体育館で強さの土台を作り上げた。東京五輪では個人総合、団体、鉄棒で金メダルを狙う。(取材・構成=小林 玲花)

 橋本は6歳から体操を始め、中学卒業の15歳まで佐原ジュニア体操クラブで育った。JR成田線・佐原駅から車で約30分。緑豊かな木々に囲まれ、コンビニどころか街灯もまばらな田舎町に、体操人生の原点となった場所がある。同クラブは廃校となった千葉・香取市の沢小学校を2009年から拠点とし、現在も活動している。

 広さはミニバスケットボールコート2面分で普通の小学校の体育館。風通しは良いものの、夏は気温30度以上の蒸し暑さで、冬はヒーターがつくが、厳しく冷え込むこともある。跳馬の助走はフロアだけでは距離が足りず、玄関から突っ切って走って跳ぶ。鉄棒などの練習で使用する、けが防止のピット(深さのあるプールにスポンジなどが入れられている場所)はない。あん馬など、少し前の型のものを使用している器具もある。この小さな体育館で橋本は約6年間を過ごした。

 「正直、やっている時は『ピットが欲しいな』と思っていた。ピットもないっていうのが一番の難点だった。他のクラブにあって『なんでウチにはないんだろう』って…」

 思うように技の練習ができなかったこともあったが、その分、体に基礎を染み込ませた。鉄棒の車輪一つでも「膝を伸ばす、手先まで伸ばす」を徹底。少しでも手先が緩み、甘さが見えると、すぐに山岸信行コーチ(64)に怒られた。厳しい指導も今、振り返ると体操人生において欠かすことのできない時間だった。

 「本当に基礎が今、一番求められているので、それ(基礎の徹底)があって良かったと思う」

 体操に対する貪欲さも身についた。特に鉄棒はピットがないため、練習さえできない技が多かった。大学生との合同練習や、体操の採点規則を見て新技へのイメージを日々膨らませ「やりたい、やってみたい」という思いが頭の中いっぱいにあふれた。市船橋高に入学すると、ようやく練習に着手できた技もあり、練習が楽しくて仕方なかった。

 「言い訳なんですけど、中学生の時とか(ピットがなく)鉄棒が怖くてできなかった。それが高校に入って(安全な環境もあり)伸び伸びできたので、鉄棒が一番成長した種目と言える。ただ、本当に完璧な環境はない。今いる環境で何ができるのか、何がしたいのかを考えて目標を立ててやっていくこと、自分がトップになれるように何をすべきか考えることが必要だと思う」

 橋本の体操人生で最も長い9年間の指導を受けた山岸コーチとの出会いも大きかった。

 「技術は教えてくれなかったけど(笑い)、体操がどうすればうまくなるか教わった。『練習しながら、休憩しながら(人の)技を見てずっと体操のこと考えろ』と言われた。今、僕がこうなれたのもそのおかげ。市立船橋に入って、上の選手がいて、(技を)見て盗んだり聞いたりした。安全な環境もあって、高校では伸び伸び体操ができた」

 置かれた環境を生かすも殺すも自分次第。橋本は「どうすれば体操がもっと磨かれるのか」を自分で考え、判断し、練習する力を佐原ジュニア体操クラブで身につけ、高校入学後、日本一まで上り詰める飛躍的な成長を遂げた。

 東京五輪は新型コロナウイルスの影響で1年延期となった。延期決定前の今年2月、橋本は右手首を負傷し、痛みに耐えながら練習していた。追い打ちをかけるように腰痛も発症。「(治療と練習を)やりながらやっていくしかない」と覚悟したばかりの一報だった。

 「痛めていたところが治って、体も完璧な状態になってきた。緊急事態宣言で約2か月は体育館で練習ができていなかった。高校時代から『倒立姿勢が悪い』と言われていたので、自宅で倒立姿勢を1分×3セットや、チューブを使ったトレーニング、体幹トレーニングなど、できることはほとんどした。体力を落とさないよう、1日5キロ以上走ったりもした。足腰の強化ができ、体も仕上がってきて練習も積めている」

 五輪で目指すのは個人総合と団体での金メダル。床運動、つり輪、平行棒、跳馬と最大4種目でDスコア(難度点)を上げる。

 「床運動は最低でも0・2点~最高で0・4点、つり輪は0・2点以上、平行棒も0・2点以上を上げること。余裕があったら、跳馬で(Dスコア6・0点の跳馬で最高難度)ヨネクラ(伸身カサマツ2回半ひねり)を跳んでやっていけば、金メダルに大きく近づくと思う」

 種目別でも一つ、頂点を狙っている。個人総合で五輪連覇の内村航平(リンガーハット)が専念すると決めた鉄棒だ。19年世界選手権はメダル圏内まで0・300点の4位だった。「一番自信がある」という種目でも世界一を目指す。

 「内村選手や、(五輪と世界選手権で4つ金の)ゾンダーランド選手(オランダ)もいて激戦区になってくると思う。そこで金メダルを取りたいっていうのは一つある。それで勝った金メダルが一番(達成感や喜びが)大きいかもしれない。僕は内村さんみたいに、いろんな技はできないので、これから1年、完成度を上げていくっていうのが一番の勝負になってくる」

 五輪延期に伴い、選考方法は白紙の状態。コロナは収束せず、いまだに先が見えない難しい状況でも、橋本はしっかりと五輪の舞台を見据えている。

 「(五輪開催の来夏は)誰も想像できない。とりあえず今できることをやっていって、それがつながると思う。1番を取れる、金メダルを取るように練習していく」

 緊急事態宣言解除後、最初の試合は大学デビュー戦となる10月の日本学生選手権(インカレ、広島)。12月には個人総合で争う全日本選手権(高崎アリーナ)も控え、徐々に大会日程が見えてきた。五輪への仕切り直しの一歩を踏み出す。

 「インカレは大学生初の試合。個人総合も優勝して、さらには順大の3年ぶり団体優勝に貢献したい。全日本選手権も個人総合で優勝する。一番は優勝です」

 ◆佐原ジュニア体操クラブ、小2から中3まで11人所属

 〇…佐原ジュニア体操クラブは、コロナ禍で緊急事態宣言が発令された4~5月末までは活動停止。解除後、5月27日から練習を再開した。体育館内のドアノブやトイレなどの消毒、手洗いうがい、マスク着用、体温計測を徹底。現在は熱中症の恐れもあり、マスクを着けていない時は2メートル以上、他の選手と距離を取りながら練習している。現在、小学2年から中学3年まで11人が所属。橋本の活躍で、加入してきた選手もいるという。

 ◆体操クラブ 現在、日本体操協会に登録されている民間の体操クラブは全国に433団体。一般的には体操クラブで競技を始め、高校または大学から所属校での部活で活動する例が多い。

 ◆体操男子の五輪選考 団体出場は4人(個人総合の資格も持つ)。日本はすでに18年世界選手権で出場権を獲得。過去の例では個人総合で争う全日本選手権とNHK杯、全日本種目別選手権が選考大会となるが、東京五輪へは1年延期となった影響で、選考基準は白紙。個人総合で五輪連覇の内村航平は、両肩痛の影響もあり、種目別・鉄棒に絞って五輪出場を目指す。

 ◆橋本大輝アラカルト 

 ▼生まれとサイズ 2001年8月17日。千葉・成田市。164センチ。

 ▼競技開始 6歳

 ▼主な成績 市船橋高在籍時の18年全国高校総体団体2位、個人総合2位。19年世界選手権に白井健三以来、史上2人目の現役高校生で出場し、団体銅メダル。同年個人総合スーパーファイナル優勝。

 ▼日課 体操ビデオを見る。初めてテレビで見た13年世界選手権は「全選手の得点が言える」ほど見返す。

 ▼性格 負けず嫌い。小学校低学年の頃は指導者に危険だと止められても、兄のやっている技を「俺だってできるのに」と主張。

 ▼農業 幼い頃は実家の1・8ヘクタールの田んぼの手伝い。1袋30キロのお米を運んでトレーニング。

 ▼家族 父・久一さん(53)、母・祥子さん(53)、5歳上の兄・拓弥さん、3歳上の兄・健吾さん。

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