ダルビッシュに立ちはだかる現代のトム・シーバー

メッツのジェイコム・デグロム(ロイター)
メッツのジェイコム・デグロム(ロイター)

  ダルビッシュ有(カブス)がサイ・ヤング賞の有力候補に挙げられている。現地9日時点で、7連勝中の7勝1敗、防御率1・44、奪三振63。投手三冠も夢ではないベストシーズンを送っている。他の投手には真似のできない10種を超えるバラエティーに富んだ球種は一段と精度を上げ、制球力も抜群だ。対戦するたびに相手打者たちの絶賛、感嘆の声が伝わる。故障さえなければ、日本人初の受賞は確実、といいたいところだがとんでもないライバルが立ちはだかる。

 ジェイコム・デグロム(メッツ)のことだ。勝ち星こそ3勝(1敗)に過ぎないが、その内容が凄まじい。ダルビッシュよりも投球回が2イニング少ない48回だが、70三振を奪い、防御率も1・77だ。昨年から続く自責点2以下の試合はメジャー記録の「12」まで伸ばし、9月6日の対フィリーズ戦では平均98・5マイル(158キロ)のフォーシームと92・4マイル(149キロ)のスライダーを主武器に91・1マイル(146キロ)のチェンジアップを織り交ぜて7回1失点12奪三振で3勝目をマークした。

 ここまではビックリするほどのスタッツではないが、この試合で何と35回もの空振りを取ったのだ。これは記録を取り始めた2008年以来わずか3人目の快記録だ。ホームランが乱れ飛ぶ時代に、2018年からの防御率をみても2・01という信じ難い数字を残している。デグロムの投球はパワーと安定感だ。

 そんな投球ぶりから、地元ニューヨークでは8月31日に亡くなったトム・シーバーさんと比べられている。1969年、ワールドシリーズ初優勝に導いたミラクルメッツのエース。常に右ひざに土がつくほど下半身を十分に使ったダイナミックなフォームから伸び上がる快速球とスライダーを武器に、抜群の制球力でまとめ上げた芸術的な投球。通算311勝、3640奪三振、メジャー20年の防御率2・86。サイ・ヤング賞3回。もちろん、殿堂入りを果たしている。

 また、誠実な人柄は万人が認めるもので、メッツ史上最高の選手と評されると同時に、ニューヨークのアイコン(象徴)的存在として広く愛されてきた人物だ。

 「会いたかった。結局、一度も会えなかった。いろんな話を聞いてみたかった。トムと比べられていることは知っている。比較にもならない実績しかない自分にとってはとても誇らしく名誉なことだと思っている」と、32歳のデグロムは語る。

 とはいえ、デグロムにとって今年サイ・ヤング賞に選出されると、3年連続受賞となり、シーバーさんに並ぶ。「パーソナルゴールはそこだ」と、デグロムはスプリングトレーニングのときから公言している。

 今年も過去2年同様、打線の援護に恵まれないなどの理由で勝ち星は少ないが、その数は選考に重大な影響を及ばさない。セイバーメトリクスがポピュラーになり、データがより細部に渡って収集されるようになってから、投手に対する価値基準が大きく変化し、絶対的だった勝敗の占めるウェートが減ったからだ。2年間でわずか21勝でもその両年に選ばれたデグロムは新基準時代のサイ・ヤング賞投手ともいえる。

 フリード(ブレーブス)が故障者リスト入りした今、賞獲りレースは完全なマッチレース。ダルビッシュのレインボーの魔球か、現代版シーバーの剛球か。もの凄いことになってきた。

 

 今回はシーバーさんの思い出を書かせていただく。彼が亡くなられたことは人生の3分の1近くをニューヨークで生活した者にとっては特別な悲しみがあります。さまざまな記憶が甦ります。しかし、あの美しい投球フォームよりもむしろ、次の二つのシーンが真っ先によぎりました。1983年1月、日本流にいえばまだ松の内の頃です。当時のシェイ・スタジアムにあるメッツの広報部を訪ねたときのこと。用事が済んで帰り際に、今日は誰か自主トレに来ているかと聞くと、「トムがきている」と返ってきました。トムって、シーバーのこと? 広報担当が頷いたので間髪入れず取材を願い出ました。見学は良いが話はダメとのことでしたが、すぐに一塁スタンド下にある投球練習場にいきました。そこは暖房もなく、吐く息が白く見えるほど冷え込んでいました。シーバーさんは1球1球丁寧に捕手のミットをめがけて、黙々と投げていました。受けていたのは前年6月にエクスポズからドラフトされていたジェフ・ウイルポン。現在の球団COO(最高経営責任者)です。彼は300勝を目指す大投手のボールを捕球するのに必死。たった2人の自主トレ。取材する記者もなく、まさに柱の陰で、寒さに凍えながらその様子を見ている私。何と素晴らしい時間だったのだろう。

 もうひとつは引退後の姿。シーバーさんにはヤンキースとメッツのテレビ解説を務めていた時期がありました。論理的な解説は聞きやすく、野球というスポーツをさらに魅力的なものにしてくれました。試合前、彼の姿は関係者専用のダイニングルームにありました。ヤンキー・スタジアムでもシェイ・スタジアムでも目立たない隅のテーブルで、球団が試合前にメディア用に配布する選手やチームのデータを満載したゲームノートに熱心に目を通していました。老眼鏡をかけ、白球を握っていた右手には黄色のマーカーがいつもありました。誰も声をかけません。いつも凄い集中力を感じていました。大投手がそこまで準備するのか。プロフェッショナルであることの意味を問うような、その姿が忘れられません。

 シーバーさん、ありがとう!

出村 義和
 (でむら・よしかず)1971年、ドジャースタジアムでMLB初観戦。ベースボールマガジン社でアメリカ総局勤務、週刊ベースボール編集長などを務める。独立後、ニューヨークをフランチャイズに19年間MLBを中心に多岐にわたるジャンルで取材、執筆を行う。帰国後、JスポーツでMLB中継の解説者も務める。

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