【王手報知】梶浦宏孝六段「大きな経験」頂点知らずの25歳が見た羽生九段の震える右手指先

羽生善治九段に敗れた後の梶浦宏孝六段(日本将棋連盟提供)
羽生善治九段に敗れた後の梶浦宏孝六段(日本将棋連盟提供)

 緊張の夏、カジーの夏―。佳境を迎えている将棋の第33期竜王戦決勝トーナメントで5組優勝者の梶浦宏孝六段(25)が1回戦から4連勝の快進撃を見せ、ファンの声援を集めた。13日の準決勝で羽生善治九段(49)に敗れたものの、頂点を知らない若者が放った輝きは鮮烈だった。「カジー」の愛称を持ち、実直なキャラクターで知られる青年が敗退後に思いを語ってくれた。

 敗北を覚悟した後、梶浦は目撃した。駒を持つ羽生の右手指先が盤上で震えていた。史上最高の棋士が極度の緊張と勝利の確信を同時に宿した時のみ見せる光景が目の前で展開された。「自分自身、驚きました。局面はもう全然ダメで私の敗勢になっているのに、なぜ羽生先生の指は震えているのだろう…と。私にとって、とても大きな経験になりました」。そして若者は投了を告げた。

 猛暑到来より、ひと足先に訪れた「カジーの夏」だった。11人の棋士だけが舞台に立てる竜王戦決勝トーナメントを、タイトル挑戦や棋戦優勝、順位戦昇級経験のない梶浦が疾走した。25歳の誕生日を迎えた7月6日から昨年度新人王の高野智史五段(26)、毎年順位戦で活躍する石井健太郎六段(28)、昨年度に史上最年長初タイトルを獲得した木村一基九段(47)、永世棋聖資格保持者の佐藤康光九段(50)を連破し、4強に進出した。「力は足りておらず、勢いと運が良かったと自分で思っていましたし、周りも思っているだろうな、という感覚はありました」

 挑戦者決定3番勝負進出を懸け、大一番を戦った羽生は将棋を始めた5歳の頃からの憧れ。奨励会員時代は志願して対局の記録係を20局は務めた。「タイトル戦にも記録係で同行させていただきました。群を抜いた技術だけでなく、盤外での振る舞いも全て尊敬している先生です」。決戦は横歩取りの激しい斬り合いに。梶浦は形勢を損ねてからも懸命な粘りを見せたが、届かなかった。「未知の局面での勝負になった時に正確に捉えられず、自分の将棋がAI研究に支えられてしまっていたと分かりました。悔しいことより、反省です」

 竜王戦は制度上、若者が一気にスターダムへと駆け上がるドラマも起きる。通称「竜王戦ドリーム」の体現には至らなかったが、藤井聡太2冠(18)ばかりが若い力ではないことを証明した。「藤井2冠はとてつもなく大きな存在。勝つのは大変ですけど、勝つための努力を毎日積み重ねなくてはなりません」

 謙虚な梶浦だが、デビューから一貫して「タイトルを取る」と明確な目標を掲げてきた。「もちろん、自分には縁のないものと割り切るのもひとつの考え方ですけど、自分にはどうしても割り切れません。だから、自分の考え方で戦っていくしかないです」。芯の強さを併せ持っている。

 盤上に臨む時、胸に秘めるのは禅の言葉「百雑砕(ひゃくざっさい)」。意味は「あらゆる雑念を木っ端微塵(こっぱみじん)に打ち砕く」こと。初手を指す前に数分の瞑想(めいそう)をすることを決め事にしている。「完全に澄んだ心の状態で指すことが究極の目標と言えるのかもしれません」

  • 羽生九段(左)との感想戦に臨む梶浦宏孝六段(日本将棋連盟提供)
  • 羽生九段(左)との感想戦に臨む梶浦宏孝六段(日本将棋連盟提供)

 敗退直後に心境を尋ねることになったが、梶浦は「取材をしていただき、とてもうれしいです。大変感謝しております」と言った。あまりに実直な青年は現在、若手棋戦・新人王戦でもベスト4に進んでいる。初めて頂点を極めれば、棋士人生は変わる。「夏は好きか、ですか? うーん、暑いですからね…。春や秋の方が好きかな…。あ…すいません」。真っすぐなカジーの夏は、まだ終わっていない。(北野 新太)

 ◆梶浦 宏孝(かじうら・ひろたか)1995年7月6日、東京・新宿区生まれ。25歳。鈴木大介九段門下。父に教わり、5歳で将棋を始める。2008年、奨励会入会。15年、四段(棋士)昇段。19年、竜王戦6組優勝。20年、竜王戦5組優勝。数百種類のボードゲームにチャレンジし、日本将棋連盟囲碁部でも活動。生まれ育った街・神楽坂を愛する。真面目な性格で、奨励会時代は「正座を崩さない記録係」として知られ「15時間連続正座」の伝説を残す。

 ◆竜王戦(りゅうおうせん)将棋8大タイトル戦における最高棋戦。読売新聞社主催。1988年、前身の十段戦を発展させて創設された。「竜王」は飛車が成った盤上最強の駒。全棋士、女流棋士4人、奨励会員1人、アマチュア5人が参加。1~6組の各トーナメント戦での上位者計11人で決勝トーナメントを行い、挑戦者を決める。竜王獲得賞金は4400万円。連続5期か通算7期獲得で得られる称号「永世竜王」を持つのは渡辺明、羽生善治の2人。

  • 1999年度の竜王戦第4局で藤井猛竜王(左)から待望の1勝を挙げた鈴木大介六段(いずれも当時)
  • 1999年度の竜王戦第4局で藤井猛竜王(左)から待望の1勝を挙げた鈴木大介六段(いずれも当時)

 ◆師匠・鈴木大介九段「力が上がっている」

 梶浦の師匠・鈴木大介九段(46)は、弟子の快進撃に「一喜一憂してました」と朗らかな口調で明かす。「力が上がっていると感じました。ようやく『半人前の若手』から『独り立ちする棋士』になったのかな、と思います」

 竜王戦ドリームの味を知っている。現在の梶浦と同じ25歳だった1999年度、2組2位で参加した決勝トーナメントを制し、7番勝負で藤井猛竜王(当時)に挑戦した。敗退したが、大きな財産になった。「追い風になってA級にも上がれました。もう、みっともない将棋は指せない、と思うことは大きかったです」

 弟子に大きな期待を寄せている。「将棋界には25歳最強説があるんですけど、私と違ってコツコツ強くなれる梶浦には当てはまらないと思っています」

羽生善治九段に敗れた後の梶浦宏孝六段(日本将棋連盟提供)
羽生九段(左)との感想戦に臨む梶浦宏孝六段(日本将棋連盟提供)
1999年度の竜王戦第4局で藤井猛竜王(左)から待望の1勝を挙げた鈴木大介六段(いずれも当時)
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