神宮球場VS川崎球場、スタジアムプロレス史を塗り替える興行戦争…金曜8時のプロレスコラム

1996年9月11日、神宮球場で天龍源一郎(左)を破った高田延彦
1996年9月11日、神宮球場で天龍源一郎(左)を破った高田延彦

 プロレス史上初のスタジアム興行戦争が行われる。29日に業界の盟主・新日本プロレスが、東京・神宮球場で21年ぶりとなる野外大会「SUMMER STRUGGLE in JINGU」を開催。同日に旧川崎球場の神奈川・富士通スタジアム川崎(川崎富士見球技場)で元参院議員の大仁田厚(62)が電流爆破デスマッチを敢行する。同日に複数のスタジアムでプロレス興行が行われるのは初めて。神宮球場と川崎球場のプロレス史をまとめてみた。

 元世界ジュニア王者の佐藤光留(40)=パンクラスMISSION=が「デビュー20周年記念興行」のため、29日に富士通スタジアム川崎を押さえた。そこへ、新日本が1999年8月28日以来21年ぶり2回目の神宮球場大会を発表。困惑した佐藤が「巨大な敵を相手に逃げも隠れもしなかった大仁田厚が生きる場所は、旧『川崎球場』なんじゃないですか」と大仁田を巻き込んだことで、スタジアム興行戦争がクローズアップされた。

  • 神宮球場でのグレート・ムタVSグレート・ニタ(1999年8月29日付スポーツ報知)
  • 神宮球場でのグレート・ムタVSグレート・ニタ(1999年8月29日付スポーツ報知)

 富士通スタジアム川崎は、大仁田が2017年10月31日の7年ぶり7度目の引退試合の会場として熱望しながら実現できなかった球技場。大仁田の記念品展示ブースもある。そして21年前の新日本の神宮球場大会「JINGU CLIMAX」のメインイベントを務めたのも大仁田だった。化身のグレート・ニタがグレート・ムタ(武藤敬司)と「ノーロープ有刺鉄線電流地雷爆破ダブルヘルデスマッチ」で対戦し、敗れている。

  • 川崎球場での大仁田厚VSテリー・ファンク(1993年5月6日付スポーツ報知)
  • 川崎球場での大仁田厚VSテリー・ファンク(1993年5月6日付スポーツ報知)

 川崎球場はFMW率いる大仁田が93年テリー・ファンク戦、94年天龍源一郎戦、95年に2度目の引退試合をいずれも5月5日に開催。「5・5川崎」として大仁田の代名詞となっていたが、プロレス興行の歴史は力道山時代にさかのぼる。

  • ジャイアント馬場(左)がフレッド・ブラッシーをつかまえ吉村道明がイス攻撃(1969年7月1日、川崎球場)
  • ジャイアント馬場(左)がフレッド・ブラッシーをつかまえ吉村道明がイス攻撃(1969年7月1日、川崎球場)

 55年9月4日がルーツで、翌5日付の報知新聞によると、国際試合に集まった1万3000人の観衆の前で、力道山、東富士組がオルテガ&カーチスに2―1で勝利している。日本プロレスは69年7月1日まで不定期で開催し、ジャイアント馬場、アントニオ猪木らも出場。大仁田が初開催した91年9月23日の「カ・ワ・サ・キ・リーグ」(ターザン後藤と金網電流爆破デスマッチ)は22年ぶりの再開拓だった。

 神宮球場のプロレス解禁は平成になってから。93年12月5日に高田延彦率いるUWFインターナショナルが初開催し、高田はスーパー・ベイダーを相手に世界ヘビー級選手権を防衛。高田は96年8月17日(安生洋二戦)、同9月11日(天龍戦)に開催した大会にも登場。これに99年の新日本の4大会しか行われていない。

  • 金網有刺鉄線に背中から激突する大仁田厚(1994年5月5日・川崎球場での天龍戦)
  • 金網有刺鉄線に背中から激突する大仁田厚(1994年5月5日・川崎球場での天龍戦)

 両球場でメインを張った大仁田は「東京ドームの時代に、老朽化した川崎球場は自分に似合っていた。今は緑の芝が美しい富士通スタジアムだが、『川崎伝説』を復活させてくれた佐藤選手に感謝したい。神宮とダブルヘッダーも面白いけど、呼ばれなかったようだ。とにかく天気だけが心配」と話した。

 単発興行としては天候リスクが大きい野外球場。密閉を避けたいコロナ禍ならではの需要で、プロレス戦争が実現した形だ。神宮の新日本は、王者・EVILに内藤哲也が挑むIWGPヘビー級・IWGPインターコンチネンタルダブル選手権をメインに6試合。川崎は全日本プロレスやDDTなどが参加して「ハードヒット」(初代王者決定トーナメント)と「佐藤光留デビュー20周年記念興行」(メインは佐藤VS諏訪魔)の昼夜ダブルヘッダーになる。(酒井 隆之)

 ◆神宮球場 正式名称は明治神宮野球場。1926年(大正15年)に開場。同年10月に東京六大学野球リーグ戦開催。31年から東都大学野球リーグ戦も始まり“大学野球の聖地”に。27年に第1回全国都市対抗野球大会を開催。64年から、プロ野球・国鉄(現ヤクルト)スワローズのフランチャイズとなる。

 ◆川崎球場 51年に開場。54年発足の高橋ユニオンズのフランチャイズとなる。55年からは大洋ホエールズ、78年から91年までロッテ・オリオンズの本拠地に。88年にロッテが近鉄の優勝を阻んだダブルヘッダーは“10・19伝説”として有名。14年から川崎富士見球技場(愛称・富士通スタジアム川崎)に改称され“アメリカンフットボールの聖地”に。

1996年9月11日、神宮球場で天龍源一郎(左)を破った高田延彦
神宮球場でのグレート・ムタVSグレート・ニタ(1999年8月29日付スポーツ報知)
川崎球場での大仁田厚VSテリー・ファンク(1993年5月6日付スポーツ報知)
ジャイアント馬場(左)がフレッド・ブラッシーをつかまえ吉村道明がイス攻撃(1969年7月1日、川崎球場)
金網有刺鉄線に背中から激突する大仁田厚(1994年5月5日・川崎球場での天龍戦)
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