【1979年8月26日】最後のBI砲、唯一のプロレス夢のオールスター戦

1979年8月27日付報知新聞7面
1979年8月27日付報知新聞7面

 コロナ禍の今年はプロ野球のオールスター戦が初めて中止となった。夏の風物詩でもある球宴は、セパ分立翌年の1951年から毎年開催され、今年は70年目の節目だった。プロレス界では41年前の8月26日に国際プロレス、新日本プロレス、全日本プロレス(設立順)の3団体による最初で最後の「夢のオールスター戦」が、東京・日本武道館で開催された。

 メインイベントはかつて日本プロレスでインタータッグ王者として無敵を誇ったジャイアント馬場(全日本社長)とアントニオ猪木(新日本社長)がBI砲を再結成し、両団体の看板ヒールであるアブドーラ・ザ・ブッチャー、タイガー・ジェット・シンの“最凶タッグ”と対戦。

 翌27日付報知新聞によると…。「2人が同じリングに上がるのは1971年12月、猪木が日本プロレスから脱退して以来。犬猿の仲といわれてもそこは67年10月31日から約4年間にわたってインタータッグ選手権を14回防衛した強力コンビ。13分3秒、猪木がシンを逆さ押さえ込みでフォールした」

 試合後に猪木は「今度2人が顔を合わせるときは2人が戦うときです」とマイクアピールしたが、2回目の「夢のオールスター戦」は実現しなかった。

 プロレスのオールスター戦は、1990年4月13日に東京ドームで行われた新日本、全日本に米WWF(現WWE)を加えた「日米レスリングサミット」、1995年4月2日、東京ドームでのベースボール・マガジン社主催「夢の懸け橋」(13団体参加)、1996年6月30日横浜アリーナでの力道山OB会主催「メモリアル力道山」(16団体参加)、2011年4月18日、日本武道館での東日本大震災復興支援チャリティー「ALL TOGETHER」(新日本、全日本、プロレスリング・ノア)などが開催されてきたが、対抗意識が強かった“BI分立”時代の「夢のオールスター戦」を超える大会は実現していない。

 30周年記念日だった昨年8月26日には、リング上の事故で頸髄完全損傷を負い長期入院中の“帝王”高山善廣(53)を支援する「TAKAYAMANIA EMPIRE2」が東京・後楽園ホールでで開催され、団体の垣根を越えて36人のレスラーが集結したが、今年は中止に。26日は、新日本プロレスが後楽園ホールで単独興行を行う。選手の交流が激しい多団体時代に「オールスター戦」という言葉は、もはや「夢」という響きはないのかもしれない。(酒井 隆之)

コラムでHo!とは?
 スポーツ報知のwebサイト限定コラムです。最前線で取材する記者が、紙面では書き切れなかった裏話や、今話題となっている旬な出来事を深く掘り下げてお届けします。皆さんを「ほーっ!」とうならせるようなコラムを目指して日々配信しますので、どうぞお楽しみください。

格闘技

NEWS読売・報知 モバイルGIANTS ショップ報知 マガジン報知 バックナンバー申し込み 個人向け写真販売 ボーイズリーグ写真販売 法人向け紙面・写真使用申請