「それがお前さんのいいところ」09年WBC世界一、チームを一つに 原監督が愛したムネリンの「声」…川崎宗則インタビュー【後編】

ドジャー・スタジアムで行われた09年第2回WBC準決勝、日本・米国戦。8回2死三塁、川崎宗則(左)が遊ゴロ失策で一塁へ駆け込みセーフのポーズ。元気でチームに流れを呼び込んだ
ドジャー・スタジアムで行われた09年第2回WBC準決勝、日本・米国戦。8回2死三塁、川崎宗則(左)が遊ゴロ失策で一塁へ駆け込みセーフのポーズ。元気でチームに流れを呼び込んだ

 ホークスやメジャーリーグなどで熱いプレーを見せてくれた川崎宗則内野手は、第1回と第2回のWBC、さらには北京五輪では日本代表として日の丸を背負い、海外の猛者たちに挑んでいきました。中でも原辰徳監督の下で世界一連覇を達成した2009年の第2回WBCの記憶は鮮烈です。スポーツ報知デジタル版のインタビュー後編。単刀直入に聞いてみました。原さんって、どんな人でしたか?(デジタル編集デスク・加藤 弘士)

  • WBC準決勝、日本・米国。4回の日本の猛攻。1死三塁、川崎宗則が右前適時打を放つ
  • WBC準決勝、日本・米国。4回の日本の猛攻。1死三塁、川崎宗則が右前適時打を放つ

 「子供の頃は巨人ファンで、原さんとか篠塚さん、緒方さんとかが大好きで見ていました。第2回WBCでは憧れのレジェンドたちと同じベンチで野球ができた。イチロー先輩とのプレーも思い出深いし、最高の時間でしたね」

 日本代表メンバーの誰もが持ち場で全力を尽くしてつかんだ世界一だったが、帰国した侍たちは異口同音にこう話していたものだった。「ムードメーカーのムネリンの存在が大きかった」-。

 「とにかくベンチでは自分が一番声を出していましたね。ホークスでも松中先輩や小久保先輩に『声出せ』『声出せ』と言われてきました。王会長も元気よくやるのが好きな方でしたし、僕も個人的に好きなので声を出していたのですが、原さんにはそこも気に入ってもらって。たまに投手コーチの山田久志さんが『ムネ、あまりにもうるさいから黙っていてくれよ』と言うと、原さんが『いやいや。それがお前さんのいいところだから』と言ってくれたりしてね」

 しかし、声での存在感が増す度に、ムネリンには意外な“制約”が課されることになる。

 試合中、トイレに行きにくい…。

 「たまにトイレに行くと、篠塚さんが『ムネ~。どこにいるんだ?』と探しに来るんです。『早く帰ってきてくれ』と。『どうしたんですか?』と聞いたら『ベンチが静かになっちゃって、原監督がムネはどこだ?って気にしているよ』と」

 個々の力量は申し分ない日本代表メンバー。そこにムネリンの『声』という見えない力が加わり、一体感が醸成された。

 「あの大会はイチローさんという最強のボスがいたから、みんながつながったんだと思います。イチローさんは原さんのこともイジるし、原さんも笑顔で応じていた。原辰徳をイジれる人は、イチロー先輩ぐらいしかいませんよ(笑)。雰囲気が良かったですよね」

 当時ホークスではバリバリのレギュラー。しかし、試合で控えとなることについて、一切のこだわりはなかったと言う。

 「中島(当時西武。現巨人)というショートがいましたから、僕は控えの構想だったと思います。でも原さんは僕のモチベーションが下がることを心配されて、直接ノックを打って下さったりと気配りしてくれました。でも僕は全然平気だったんです。ジャパンのユニホームを着た時点で、チームのためにどんな役割でもやろうと思っていましたから」

 グラウンドでも躍動した。ドジャー・スタジアムで行われた準決勝の米国戦では「9番・三塁」で初スタメン。タイムリーを含む2安打1打点2得点に盗塁も決めるなど、思い切りの良さが光った。

 「原さんは言葉の力がすごかった。表現力が上手でしたね。ミーティングで『地に足をつけて戦おう。今、私たちがいるこの土地のパワーをもらうんだ。サンフランシスコにはサンフランシスコの、ロスにはロスのパワーがあるんだ』って言うんです。言っている意味、分かるんだよね。だから俺、準決勝の前にドジャースタジアムのグラウンドに寝っ転がって、横たわったからね。『力をもらうんだ』って。それも良かったかもしれないよね」

 最近も野手の増田大輝を緊急登板させるなど、原監督の独特の采配は野球ファンの垣根を越えた話題になっている。

 「原さんは勝利主義者。そのための作戦は柔軟な印象があります。米国の最新の野球も取り入れられている。去年、連戦の中で金曜ナイターの翌日、土曜のデーゲーム前の練習をしないという日がありましたよね。あれ、すごい決断なんですよ。それで体がリカバリーするんです。それをできるのは監督の権限。もっと、日本球界もやるべきだと思います」

 * * * * *

 ホークスで、日本代表で、そしてメジャーで。川崎宗則の熱い全力プレーの数々は、ファンの脳裏へと鮮明に残っている。

 インタビューの最後、失礼を承知で聞いてみた。

 「現役引退」の瞬間は、いつになるんでしょうか。

 ムネリンはさわやかな表情で、言い切った。

 「やめるということを、やめたんです。引退もしないんですよね。自分のプレーをして、その中で野球の素晴らしさを日本に子供たちに伝えていきたいと思っています。一緒に野球で“遊びたい”んです。まさしく『プレイボール』ですよね」

 野球を通じて人々とふれあい、笑顔をもたらす。永遠の野球小僧・川崎宗則の旅は、果てしなく続いていく。

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WBC準決勝、日本・米国。4回の日本の猛攻。1死三塁、川崎宗則が右前適時打を放つ
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