ヤンキースのコールが狙うメジャー24連勝記録保持者、カール・ハッベルとはどんな投手だったのか?

ゲリット・コール(ロイター)
ゲリット・コール(ロイター)

 ヤンキースのゲリット・コール投手が昨年からの連勝記録を歴代3位タイの20まで伸ばしている。19日レイズ戦では7回途中で2点を失ったものの同点でマウンドを降りたため、21連勝は持ち越しとなったが、10個の三振を奪って好調を持続している。

 NPBでは当時楽天だった田中将大投手が2012年から13年に24勝0敗をマークした際の28連勝が最多記録だが、メジャー記録は1930年代のカール・ハッベルの24連勝。そこで、左腕・ハッベルはどんな投手だったのだろうかを記してみたい。

 彼を紹介する上で最も有名なのはオールスター戦のエピソードだ。

 1933年に始まったオールスター戦開催のきっかけとなった「(ベーブ)ルースとハッベルの対決が見たい」という少年の手紙に出てくる左腕投手で、通算253勝を挙げ、1949年に野球殿堂入りした。両リーグにまたがる交流戦は当時もちろんなく、別リーグのチームとの対戦は、ワールドシリーズでしか見られなかったからだ。

 武器はメジャー史上最高の切れ味と言われたスクリューボールで、1934年のオールスター戦では、ルース、ゲーリッグ、フォックス、シモンズ、クローニンと後に野球殿堂入りする5人の大打者から5連続三振を奪って球史に名を残した。

 連勝記録は26勝6敗、防御率2・31で2冠王、2度目のMVPに輝いた1936年がスタートだ。7月17日のパイレーツ戦から、翌年5月27日レッズ戦までの27試合(先発21勝、リリーフ3勝)で達成した。勝敗が付かなかったのは先発で4回降板した試合と、現在ならセーブのつくリリーフでの2試合のみだった。

 ジャイアンツ一筋でメジャー生活を過ごしたが、MLBの門をたたいたのは1923年。マイナーで好成績を残し、26年春、タイガースのキャンプに参加した。

 当時の選手兼監督は通算4191安打、通算打率3割6分7厘を残し“球聖”と言われたタイ・カッブ。カッブが「スクリューボールは肘に悪く故障の原因になる」と投球禁止令を出した事で、結果を残せずマイナー暮らしが続き、メジャーデビューは28年、25歳と遅れた。

 その後、ジャイアンツの名将ジョン・マグロー監督に見いだされたから良かったが、もし、あのままカッブの下でプレーしていたら、こんな大エースになったかどうか。日本でシーズン20連勝を飾った西鉄・稲尾和久投手が、三原脩監督に見出されたように、ハッベルも素晴らしい指導者と巡り合えたがゆえの大記録達成と言えるだろう。(蛭間 豊章=ベースボール・アナリスト ※2013年8月31日付け「ヒルマニア」を加筆しました)

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