吉永小百合、悲痛「泳いで泳いで 恒彦さんのところに行ってしまったのでしょうか」…渡哲也さん死去

渡哲也さんと吉永小百合
渡哲也さんと吉永小百合

 渡さんが、最初に評価され、第17回ブルーリボン賞新人賞を受賞したときの映画が、女優・吉永小百合(75)と初共演した「愛と死の記録」(蔵原惟繕監督、1966年)だ。以来、映画にCMに何度も共演し、公私にわたって50年余り交流してきた。吉永のもとには、発表前に訃報が入っていたとみられる。

 「夏の海が大好きだった渡さんは、泳いで泳いで 恒彦さんのところに行ってしまったのでしょうか。大きな病気を何度も乗り越えてこられたのに残念です。ご冥福を心からお祈りいたします」と悲しみをこらえるようにコメントした。

  • 手紙
  • 手紙

 運命的な出会いだった。同作の当初の配役は、吉永と名コンビだった浜田光夫(76)。だが、浜田が名古屋のサパークラブで酔った客に巻き込まれ、右目を大けがし、ピンチヒッターを務めたのが渡だった。当時の渡はデビュー1年余りで10数本の映画に出てはいたが、ほぼ新人状態。すでに看板女優の吉永とは会ったことすらなかった。

 「愛と死の―」は、レコード店に勤める和江(吉永)が原爆症に苦しむ幸雄(渡)にひたむきな愛情をささげる恋愛作で広島・原爆ドーム、呉市の音戸大橋などで撮影した。

 吉永が今も懐かしく語るエピソードがある。渡はある日夕方、疲れ果てて旅館の押し入れで眠ってしまう“行方不明事件”で関係者を慌てさせた。渡のプレッシャーは計り知れないものだったが、吉永に引っ張られるようにして演じ切った。そして評価を得たことが、その後の俳優人生を決定づけた。

 この出会い、この作品はその後の吉永にも大きな影響を与える。原爆詩の朗読をライフワークにしているが「当時、学校であまり教わらなかった原爆と最初に出会った原点の作品」とも語っている。しっかり者の姉と繊細な弟のような関係は続いた。あの作品の幸雄が和江を原爆ドームで強く抱きしめる場面、和江の名セリフ「うち、待っとるよ。いつまでも待っとるよ」を思い出す人も多いだろう。

渡哲也さんと吉永小百合
手紙
すべての写真を見る 2枚

芸能

宝塚歌劇特集
NEWS読売・報知 モバイルGIANTS ショップ報知 バックナンバー申し込み 個人向け写真販売 ボーイズリーグ写真販売 法人向け紙面・写真使用申請