宮井勝成さん死去に、改めて大学野球の殿堂設立を願う

駒大・太田監督
駒大・太田監督

 早実(東京)、東都大学リーグ・中大の監督として全国制覇を果たした宮井勝成さんが7日、肺がんのため、東京・三鷹市内の病院で死去した。94歳だった。母校・早実の監督として、2年生エース・王を擁して1957年のセンバツで優勝。中大監督に転じてからは全日本大学野球選手権で3度、日本一に輝くなど34年間の長期にわたって指揮した名将だった。

 こんなニュースが飛びこんできて、13年前に2回に渡ってコラムにした「大学野球の殿堂設立を」を紹介したい。

 米国では「カレッジ・ベースボール・ホール・オブ・フェイム(大学野球の殿堂」があり、2006年から順次、往年の名選手、名指揮官を選出している。原則的に、カレッジワールドシリーズがスタートした1947年以降の名選手(条件は最低1年は大学球界でプレー。卒業後5年以上でプロ野球の現場を離れている人物)、名監督(通算300勝以上で勝率6割5分以上の現場を離れている人物)を選出。第1回ではアリゾナ州立大で通算56本塁打を放ったボブ・ホーナー内野手(1978年メジャー入り、即新人王で1987年にヤクルトでプレー)、ミシシッピー州立大を3連覇に導いたウィル・クラーク一塁手(後にジャイアンツで活躍)、テキサス大のブルックス・キーシニック投手兼外野手、ミネソタ大のデーブ・ウィンフィールド投手兼外野手(メジャーでも殿堂入り)、オクラホマ大時代に当時の大学記録の58試合連続安打し、ソウル五輪優勝にも貢献したロビン・ベンチュラ内野手(後にWソックスなどで活躍)の5選手。指導者では、日米大学野球でも知られる南カリフォルニア大のロド・デドー氏、マイアミ大のロン・フレイザー氏、アリゾナ州立大のボビー・ウィンクルス氏、テキサス大のクリフ・グスタフソン氏、ルイジアナ州立大のスキップ・バートマン氏の5氏を選んだ。その後も選出は続いており、2007年にはメジャーでは決して芽が出なかったがハワイ大で活躍。1970年代末の日米野球でもプレーしたデレク・タツノ投手も選ばれている。

 一方、日本の場合は野球殿堂がそれに当たるが、今年は慶大の前田祐吉氏、早大・石井連蔵氏が特別表彰で選出された。選出関係者を見ると、六大学の名将がほとんどで他の連盟で関係者では2018年、中京商、中京大でも指揮を振るった瀧正男氏くらい。それ以外の名将が、多く埋もれているのだ。

 ちょっと思いだして見るだけでも宮井氏だけでなく、元筑波大硬式野球部監督の功力(くぬぎ)靖雄氏は筑波大監督を22年間務め、首都大学リーグ一部で優勝3度、87年の明治神宮大会では初出場初優勝して、史上初の国立大学による大学日本一に輝いた名指揮官。ほかにも近大で42年間も采配を振るい続け、大学球界最多の618勝した松田博明氏。一昨年限りで勇退した駒大・太田誠氏も35年間で501勝をマークしている。日体大の現理事長である上平雅史氏も32年間(63シーズン)、首都大学野球で指揮を執っていた。20年未満でも1960年代に日大の黄金時代を築き、「東都の(ケーシー)ステンゲル」とヤンキースの名将から付けられた異名を持つ香椎瑞穂氏。東北福祉大を中央の大学と遜色ないほどに成長させた伊藤義博氏(ちなみに仙台六大学では16年間で349勝12敗)。長く指導に当たって大学球界の発展だけでなく、プロ球界にも人材を輩出し、日本球界を支え続けてきた人たちである。

 また、江川卓、谷沢健一両氏のように選手として大活躍した選手も入れてもいい。改めて言うが、各大学の野球部史に名前をとどめるだけではなく、大学球界全体で顕彰する時期に来ていると思うのは私1人ではないだろう。(蛭間 豊章=ベースボール・アナリスト)

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