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97年の菊花賞馬マチカネフクキタルが死す 「菊の舞台でも福が来た」

1997年の菊花賞を制したマチカネフクキタルと南井克巳騎手
1997年の菊花賞を制したマチカネフクキタルと南井克巳騎手

 1997年に菊花賞を制したマチカネフクキタルが、7月31日に死去した。26歳。同馬は、山梨県北杜市の小須田牧場で余生を送っていた。

  • マチカネフクキタル
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 1994年に父クリスタルグリッターズ、母アテナトウショウ(父トウショウボーイ)の間に生まれた栗毛の牡馬。栗東の二分久男厩舎に所属し、1996年11月の新馬戦(3着)でデビュー。3戦目の1997年3月に初勝利を挙げた。その年の春は日本ダービーに出走して7着だった。

  • マチカネフクキタル
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 秋初戦の神戸新聞杯は南井克巳騎手(現調教師)との初コンビで臨み、一気の追い込みでサイレンススズカをかわして重賞初勝利を飾り、続く京都新聞杯(当時は秋開催)も制覇。1番人気シルクジャスティス、2番人気メジロブライトに続く3番人気だった菊花賞では、馬群を割って鋭く伸びて完勝。当時、実況していた杉本清アナウンサーは「神戸、そして京都に次いで菊の舞台でも福が来た!」の名文句で重賞3連勝でのG1初制覇を伝えた。

 2000年6月の宝塚記念(8着)を最後に、JRA通算22戦6勝の成績を残して現役を引退し、種牡馬入り。産駒には2007年の中山グランドジャンプ2着のリワードプレザンがいる。

 繋養先の小須田牧場は「『馬名のフクキタルから福をもらいに』と、常に多くのファンの皆様に囲まれている馬でした。最後は放牧場の草地で眠るように亡くなりました。ご冥福をお祈り致します」とコメントした。

1997年の菊花賞を制したマチカネフクキタルと南井克巳騎手
マチカネフクキタル
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