【箱根への道】日体大、高校女子駅伝“名将”玉城良二新監督で甦る「速くはないけど弱くないチームを」

母校・日体大の新監督に就任し、思いを語る玉城氏
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箱根駅伝日体大全成績
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箱根駅伝出場回数
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箱根駅伝優勝回数
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箱根駅伝連続出場回数
箱根駅伝連続出場回数

 学生3大駅伝で最多タイの優勝21回を誇る日体大を7月から率いる玉城良二新監督(59)がスポーツ報知のインタビューに応じ、指導方針、母校への思いなどを冷静かつ熱く語った。高校女子駅伝界の名将として鳴らした玉城監督が大学男子チームを指導するのは初めて。「過程なくして結果なし」。確固たる信念で、今年の箱根駅伝で17位に終わった日体大を名門復活へ導くつもりだ。(取材・構成=竹内 達朗、太田 涼)

 72年連続72回目の挑戦となった今年の箱根駅伝。日体大は2区途中まで先頭集団に食らいついたが、3区以降は見せ場なく17位。2年連続シード権(10位以内)を逃した。箱根駅伝優勝10回、学生3大駅伝では駒大と並び最多の21勝を誇る名門の復活を託されたのは高校女子駅伝界の“名将”玉城監督だった。今年3月まで長野東を率いていた玉城監督は全国高校女子駅伝で17、18年に2位。留学生のいないチームとして2年連続で“日本一”。公立校として異例の快挙を成し遂げた。

 「女子高校生選手も、男子大学選手も、指導方針は同じです。学生スポーツは教育活動の一環。過程なくして結果なし。過程を大事にしたい」

 高校の指導者として36年。その指導方針に揺るぎはない。その一方で、高校女子駅伝と大学男子駅伝では競技レベルや練習メニューは大きく異なることも事実。

 「選手の兄貴分であるコーチの小野木俊(26)が練習メニューの骨格をつくる。私はそのメニューにアドバイスを加えていく形ですね。ベースとなるのは、やはり走り込みです」

 日体大の指導体制は18年秋から混迷が続いていた。渡辺正昭・元監督がパワハラ問題で解任され、棒高跳びが専門の小林史明監督と当時80歳の大ベテラン渡辺公二総監督が指導に当たったが、19年の箱根駅伝は13位に沈み、4年ぶりにシード権を逃した。19年5月から横山順一部長が監督を兼任する異例の事態となっていた。

 「6月29日に選手、スタッフと初顔合わせをしました。学生を中心に基本はできている。これから、さらに手応えをつかんでいきたい。速くはないけど、弱くないチームをつくります」

 新指揮官が掲げる目標は“明快”だ。

 「これまで私自身が具体的な目標を定めたことはありません。目標は選手が決める。私は選手が決めた目標を達成できるように全力でサポートする。今季、学生たちは『箱根駅伝予選会トップ通過、本戦でシード権獲得』を目標に掲げている。そのために何をすればいいのか、指導したい」

 就任を決断した時期については慎重に話すが、就任を決断した理由については明確に語る。

 「私は日体大を卒業した後、ずっと箱根駅伝から離れていました。最近はテレビでも見ていなかった。(毎年1月中旬開催の)全国都道府県対抗女子駅伝に向けて長野県チームの練習があり、そちらに専念していたので。具体的な時期は言えませんが、そんな私に母校から監督就任の誘いがあった。名誉なことです。教員の定年前でしたが、やってみたいと思った。長野東の生徒には3月中旬に日体大へ行くことを伝えた。私の気持ちを分かってくれたと思っています」

 昨今の大学駅伝界では有力高校生の勧誘が鍵を握る。選手スカウトの基準はやはり明確だ。

 「日体大で走りたい、という強い気持ちがある選手に来てもらいたい。その気持ちが柱になります」

 箱根駅伝の厳しさは学生時代に身を持って知っている。

 「3年時は10区に登録されていましたが、当日変更で補欠に回った。チームは優勝してうれしかったけど、やはり、走りたかったというのが本音。4年時は10区を走りましたが、チームは優勝した早大に大差(15分18秒差)をつけられての2位。悔しかったですね」

 10月17日の箱根駅伝予選会では73年連続73回目の本戦出場がかかる。連続出場回数は歴代2位で継続中としてはトップ。順調に行けば2035年に中大が持つ最多記録(87回)に並ぶ。絶対に途切れさせてはいけない大記録だ。

 「箱根駅伝連続出場は日体大に求められる最低ライン。それは学生も私も分かっています」

 さらりと話す口調に名門のプライドと覚悟がにじんでいた。

 ◆日体大 正式名称は日本体育大学(にっぽんたいいくだいがく)。1893年、前身の日本体育会体操練習所の設立が認可される。1949年に現名称に。陸上競技部は26年に創部。箱根駅伝には49年に初出場。以来、連続出場中。優勝10回。全日本大学駅伝は優勝21回。出雲駅伝は最高2位(2010年)。学生3大駅伝通算21勝は駒大と並び史上最多。タスキの色は白。主な陸上部出身者は男子マラソン91年東京世界陸上金の谷口浩美、女子マラソン92年バルセロナ五輪銀&96年アトランタ五輪銅の有森裕子ら。

 ◆玉城 良二 

 ▽生年月日 1961年7月7日、59歳

 ▽出身地 長野市

 ▽競技歴 中学時代はバスケットボール部。長野吉田高入学後、陸上を始める。3年時に1500メートル障害で全国高校総体出場(予選落ち)

 ▽日体大 80年体育学部入学。1年時は中距離ブロックで活動。2年時から長距離ブロックへ。箱根駅伝は3年時は補欠。4年時は10区3位

 ▽教員 84年に卒業し、長野県立高校の体育教員に。主に女子の長距離選手を指導し、チームを全国高校女子駅伝に計23回出場に導いた。長野東では2017、18年に2位。19年は9位。今年3月末に退職

 ▽家族 妻と1男1女。長男・柾人氏(24)は名城大女子駅伝部コーチ。長女・かんな(23)は三井住友海上の長距離選手

 

 【取材後記】

 玉城監督はチームの“父”を自任している。

 「学生は親元を離れて、日体大で頑張っている。私は親の立場となって学生のことを考えたい。ちゃんとご飯を食べているだろうか、けがなく練習しているだろうか、勉強もやっているだろうか、選手の親御さんは常に子供のことを心配しながら一生懸命に仕送りをしている。親と同じ気持ちで学生に接しています」

 指揮官の実直な言葉を聞いた時、私の頭の中では、さだまさしさん作詞作曲の名作「案山子(かかし)」の一節が流れた。「元気でいるか 街には慣れたか 友達出来たか」と。「案山子」は都会で暮らす弟(あるいは妹)を思う兄の心情を表現した歌と選手に寄り添った玉城監督の指導に通じるものを感じた。

 玉城監督は、自身を慕って長野東高に入学した選手のことも決して忘れていない。実家が遠い選手は長野市内の玉城家に下宿生活して練習に励む。それは玉城監督が退職した後も変わらず、今は長野市に残った監督夫人が長野東の選手の生活をサポートしている。

 玉城監督は家族のように結束力が強いチームをつくると思う。(箱根駅伝担当・竹内 達朗)

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