【34年前の7月24日】競泳初の日本人五輪金メダリスト、鶴田義行さんが死去

 1986年7月24日、競泳男子200メートルで五輪初の金メダルを獲得した鶴田義行さんが脳梗塞のため、松山市内の病院で亡くなった。82歳だった。鹿児島で生まれ、20歳で佐世保海兵団に入隊後、本格的に競泳を始めると、1925年の日本選手権で200メートル平泳ぎを6連覇。所属を報知新聞社とした1928年8月8日のアムステルダム五輪同種目では、当時の世界記録保持者のエーリッヒ・ラーデマッハー(ドイツ)を抑えて優勝。日本の金メダルは同2日に陸上男子三段跳びで織田幹雄が獲得していたが、織田は大会直後に欧州遠征を控えていたため、メダルは受け取れず当地を離れていた。鶴田は織田のメダルも受け取っており、日本人で初めて金メダルを胸にかけた選手となった。

 その後、明大に入学。南満州鉄道職員となった1932年ロサンゼルス五輪は、既にピークを過ぎていたが、同じ200メートル平泳ぎで当時優勝候補筆頭だった小池禮三(静岡・沼津商)を退けて、日本人初の五輪連覇を達成。戦後は夫人の故郷である松山市で水泳の底辺拡大に努め、国際水連の殿堂入りや国際オリンピック委員会からオリンピック・オーダー(勲章)も授与されていた。

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