流通経大、目標は悲願の初出場…奈良修新監督の下で新スタート「練習の質が上がりました」

流通経大メンバーの練習を見つめる奈良修監督(右)
流通経大メンバーの練習を見つめる奈良修監督(右)
流通経大 最近10年の箱根駅伝予選会成績
流通経大 最近10年の箱根駅伝予選会成績

 箱根駅伝初出場を目指す流通経大が、奈良修新監督(49)の下、新たなスタートを切った。昨年の箱根駅伝予選会では通過ラインの10位から大差の19位に終わったが、今季のチーム目標は堂々と「予選会突破」を掲げる。大東大の選手、監督として栄光と挫折を知る奈良監督は、流通経大ランナーに箱根駅伝の醍醐(だいご)味を熱く伝えている。(竹内 達朗、太田 涼)

 温かく、そして、厳しく。奈良監督は、茨城・龍ケ崎市にある選手寮の一室に住み込み、24時間態勢で流通経大ランナーを指導している。昨年まで率いていた大東大の選手数は40人前後だったが、流通経大は倍以上の83人。4月に就任したばかりの新指揮官は常にメモ帳を携帯する。

 「選手ひとりひとりの実力や特徴、性格を頭に入れているところです。学生は自分たちで今季の目標を『箱根駅伝予選会突破』に決めたので、それを尊重したい。でも、本戦出場は決して簡単なことではないよ、ということも同時に教えていきます」と穏やかな表情で話した。

 流通経大は1977年に陸上競技部が創部。95年から25年連続で箱根の予選会に挑戦しているが、突破したことはない。近年では出場校が増枠された90回記念大会の2013年に15位と奮闘し、13位で通過した国士舘大に5分46秒差まで迫ったが、その後、苦戦が続く。昨年は19位。10位で通過した中大とは14分11秒の大差があった。

 悲願の初出場を目指し、白羽の矢が立てられたのが、箱根路で栄光も挫折も知る奈良監督だった。

  • 91年箱根駅伝の5区で力走し大東大の連覇に貢献した選手時代の奈良監督
  • 91年箱根駅伝の5区で力走し大東大の連覇に貢献した選手時代の奈良監督

 選手では大東大1年時の90年大会で5区区間賞の激走で優勝の立役者となった。2年時も5区2位と快走し、連覇に貢献。3年時は5区区間賞に輝いたが、チームは5位で3連覇を逃した。4年時は体調不良に苦しみ、5区12位。チームはまさかの最下位(当時15校参加)に終わった。

  • 大東大監督時代は長男・凌介も指導した奈良監督(右)
  • 大東大監督時代は長男・凌介も指導した奈良監督(右)

 指導者としても波乱万丈。08年に母校の監督に就任し、翌09年に4位と躍進した。14、15年にもシード権を獲得したが、昨年は予選会で18位と大敗。8年ぶりに本戦出場を逃した。

 責任を取る形で退任したが、選手に寄り添った指導は定評があり、昨年の予選会で大東大に次ぐ19位だった“ライバル校”へ転身した。「チャンスをもらって感謝しています」と奈良監督は言葉に力を込めて話す。

 4月の就任後、新型コロナウイルス感染拡大の影響で自主練習の日々が続き、ようやく7月から本格的にチーム練習が始まった。今月上旬に行われた練習は400メートル5本を3セットのインターバル走。「つなぎ(インターバル)の200メートルを大事にしよう。しっかり45秒でつなごう」と選手に呼びかけた。

 新指揮官による強化は着実に進んでいる。今年の箱根駅伝に流通経大勢では5年ぶりに関東学生連合の一員として本戦に出場し、6区9位相当と健闘した竹上世那(3年)は「練習の質が上がりました。奈良監督は積極的にコミュニケーションを取って選手の意見を聞いてくれるので、チームの雰囲気はいい」と話す。

 ハーフマラソン上位10人の合計タイムで競う予選会は10月17日。あと3か月に迫った。「エースとして1時間2分台を出したい。今季はチームとして出場します」と竹上は力強く話す。「チームは昨年の予選会後から1万メートルなどで自己ベストが多く出ており、波に乗っている。そこに自分たちの知らない箱根駅伝を体感している奈良監督の経験が加わることで、歴史を変える挑戦のチャンスに恵まれたと感じます」と水谷彰利主務(4年)も初出場に向けて意欲満々だ。

 龍ケ崎から“箱根への道”は確かに遠い。しかし、確かにつながっている。

 ◆奈良 修(なら・おさむ)1971年1月9日、東京・三鷹市生まれ。49歳。89年に保善高から大東大に入学。箱根駅伝では4年連続5区を走り、1年区間賞、2年2位、3年区間賞、4年12位。4年時を除いて活躍し「山上りのスペシャリスト」と呼ばれた。93年卒業後、NTN、日清食品で活躍。2008年に大東大監督就任。19年に退任。長男の凌介(22)は今春、大東大を卒業し、ヤクルトで競技を続けている。

 ◆予選会は「大東大対決」に注目

 大東大は、昨年まで奈良監督を支えていた馬場周太コーチ(38)が4月に監督に昇格。奈良監督は「私が勧誘して大東大に来てもらった選手に対しては申し訳なく思う」と静かに話す。また、奈良監督の大東大時代の恩師・青葉昌幸監督(78)が6月に母校の日大の監督に就任した。10月の予選会では「大東大対決」が注目される。

 【編集後記】

 奈良監督は同世代のスターだった。平成初の箱根駅伝となった1990年大会。大東大ルーキーの奈良修は5区で区間賞を獲得し、14年ぶり3度目の優勝の原動力となった。私は当時、低迷期にあった東洋大の2年で3区を駆けたが、チーム、区間順位ともに13位に終わった。「すごい1年生だ…」。レース終了後、大手町のゴールで多くのメディアやファンに囲まれるヒーローを私は遠くから眺めていた。彼我の差に落胆しながら。

 以来、奈良修は、ずっと気になる存在だった。新聞記者となり、奈良監督を取材することは楽しかった。

 それだけに、昨年の予選会の敗退を受けて、大東大の監督を事実上、解任されたことは残念だった。「10円ハゲ(円形脱毛症)が3つもできてしまいました」。平成初の大会を沸かせた奈良監督が令和初の大会で出場を逃し、元気なく話す姿を見ることはつらかった。

 それから7か月。久しぶりに会った奈良監督は明るかった。「10円ハゲが治ったんですよ!」。30年前のヒーローが再び箱根路に戻ってくることを期待している。(箱根駅伝担当・竹内 達朗)

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