「7度目の正直」で直木賞受賞の馳星周さんに思わず投げかけた質問…思い出す23年前の“負け惜しみ”の言葉

ZOOMによるオンライン会見で“7度目の正直”での直木賞受賞の喜びを語った馳星周さん
ZOOMによるオンライン会見で“7度目の正直”での直木賞受賞の喜びを語った馳星周さん
直木賞の選考委員を代表してオンライン会見に登場。馳星周さんの「圧勝」だったことを明かした宮部みゆきさん
直木賞の選考委員を代表してオンライン会見に登場。馳星周さんの「圧勝」だったことを明かした宮部みゆきさん

 日本の文学界最大のお祭り、芥川・直木賞選考会の取材をするようになって5年目。こんなに興奮した受賞者発表は初めてだった。そして「7度目の正直」で、ついに直木賞に輝いた作家は、生まれ故郷からのオンライン会見でとびきりの笑顔を見せてくれた。

 15日、東京・築地の料亭「新喜楽」で開かれた第163回芥川賞・直木賞選考会。今回、新型コロナウイルスの感染対策として各社の記者も例年、詰めかけていた「新喜楽」での取材は不可能に。受賞作の発表、貼り出し、選考委員による講評はすべて東京・内幸町の帝国ホテルで記者数を1社3人までに制限した上で「新喜楽」と回線を結んでのオンラインで行われた。

 1997年の「不夜城」以来、実に7回目の候補入りで、ついに直木賞を受賞したのが、東日本大震災後、宮城から熊本へ向かう一匹の犬と傷ついた人々との出会いと別れを描いた6つの物語からなる連作短編集「少年と犬」(文藝春秋刊)の馳星周さん(55)だった。

 今回、9人の選考委員を代表して新喜楽からのオンライン会見に臨んだ宮部みゆきさん(59)は「馳さんの作品が1回目(の投票)からトップでした。今村翔吾さんの『じんかん』と伊吹有喜さんの『雲を紡ぐ』が同点の2位で近い距離につけていたので3作での議論になりましたが、馳さんが点も抜けていたし、強い反対意見もなかったので、最初で決まりました。馳さんの受賞決定後に2作受賞にするかの議論をしましたが、1票差で2作受賞は無しとなりました」と、まさに「少年と犬」の圧勝だったことを明かした。

 続けて、昨年から夏の2か月を過ごすことにしている生まれ故郷・北海道浦河町からのオンライン会見に登場した馳さんは冒頭、司会者から「今の気持ちは?」と聞かれ、「今の気持ち? 受賞の知らせを聞いてから、この(会見の)時間までが長かったです」と、トレードマークのサングラス姿でニヤリ。「あっ、スベった?」と記者たちに逆質問して笑わせた。

 「7回ノミネートされて、6回落選しているので、身構えて待つとかは、もういいので…。去年から生まれ故郷の浦河で夏を過ごすようになっていて、そこで待つというのも面白いんじゃないかなと。コロナもあるし、浦河で合否を待つことにしました」と淡々と話すと、「周りにも、もし落ちてもがっかりしないでと伝えていたので、今回はリラックスして待てました」と正直に続けた。

 馳さんと言えば、映画化もされた「不夜城」、「漂流街」など「ノワール(暗黒小説)」の代表的存在だが、今回は犬が主人公の作品。「若い時はノワールしか書かないと思っていたけど、40代半ば頃からは、もう書きたいものを書こうと。これからはノワールも書くし、そうでないものも書きます。全部が馳星周の小説と思ってもらいたい」と話した、その表情を見ながら、私まで「ついに馳さん、直木賞獲ったんだ…」―。心の底から喜びがわき上がった瞬間、記憶は23年前の新宿の街にタイムスリップした。

 それは97年1月16日の夜のこと。私は馳さんや担当編集者とともに新宿の居酒屋「池林房」にいた。96年8月29日に出版された馳さんのデビュー作「不夜城」に私は心をわしづかみにされた。新宿・歌舞伎町を舞台に男も女も自分が生き残ることしか考えていない救いのない裏切りの物語を徹夜で一気読み。社内の本好きに勧めては「最高に面白いよね」と言い合った。

 当時は映画担当だったため、原作に惚れ込んだ勢いのままに「不夜城、映画化」という制作ニュースも書いた。その縁で出版元の角川書店(現KADOKAWA)の編集者に、処女作にして直木賞にノミネートされた馳さんの「待ち会」(ノミネートされた作家が選考会後に帝国ホテルで行われる受賞会見に出席するため、通常なら都内で出版各社の自身の担当編集者とともに電話連絡を待つ会)に招かれたのだった。

 その時が初対面だった馳さんは長髪にサングラス姿。作風とは裏腹の文学青年風のおとなしい印象だった。私も淡々とお酒のコップを傾ける馳さんを中心に各社の担当編集者、文芸評論家の北上次郎さん(73)、大森望さん(59)らと午後6時半頃から延々と「当選」連絡の電話を待った。

 しかし、「本人でなく、担当編集者宛に電話が来たら落選」の定説のとおり、結果は受賞ならず。会合はいきなり残念会となり、北上さんの発した「せっかく取材に来てくれた報知さんのために(翌日の紙面の)見出しを考えよう」という言葉から会は“編集会議”に。馳さんが落選直後に思わず漏らしたコメント「(本が)売れているからいいです」を、そのまま見出しとしていただいて、その場でワープロを開け、記事を書いた思い出がある。

 その後、セリエA始め大の欧州サッカー通である馳さんにサッカー・フリークとして紙面に登場してもらったりするかたわら、私は「馳ノワール」を読み続けた。17年の欧州サッカー八百長を題材にした「暗手」まですべてを手にし、読んできた。だが、その舞台が歌舞伎町から沖縄、スペインと変わっていっても、裏切りと血の物語の馳作品がどこかマンネリに陥っていたのは事実。私自身も「不夜城」を一気読みした時の興奮には二度と出会えていないのが本当のところだ。

 その間、馳さんは6度にわたって直木賞候補となり、そして落選した。読書欄担当だった時にインタビューした、ある作家が漏らした「馳は同じようなことばかり書いているし、『瞳の奥で青白い怒りの炎が燃えていた』なんて文章を書いているうちは直木賞は獲れないよ」という厳しい言葉も覚えている。

 今、振り返ると、その作家の言葉はあまりに一面的だった。馳さんの23年間の作家としての軌跡を丁寧にたどっていけば、愛犬との生活を描いた「ソウルメイト」、藤原不比等を主人公とした歴史小説「比ぶ者なき」、歌舞伎町時代の青春時代を描いた「ゴールデン街コーリング」など、長い年月をかけて、「作家・馳星周」として、じっくりと熟成し、幅を広げてきたことが分かる。

 そして、その原点に横たわっているであろう一つの言葉。あの日から23年6か月が経った今も馳さんが漏らした負け惜しみ気味の一言「売れているからいいです」は私の耳に、くっきりと残っていた。

 だから、ソーシャルディスタンスが保たれ、質問する記者は1人ずつ前方に置かれたスタンドマイクまで足を運び、質問する形式の会見で、オンライン画面に大写しになった馳さんに聞いた。

 私の「おめでとうございます」の言葉に画面の向こうで「ありがとうございます」と頭を下げた馳さん。

 続けて「23年前、池林房での待ち会の末席にいた者です。受賞が決まった今振り返ると、23年半前に社会現象にまでなった『不夜城』で、とっとと直木賞を獲ってしまっていた方が良かったのか? それとも23年半経った今だからこその喜びがあるのでしょうか」―。

 私の「とっとと獲って」という、ちょっと失礼な言葉遣いに爆笑した馳さんは一瞬で真面目な表情に戻ると、「直木賞を受賞するかしないかってことを考えて小説を書いてきたわけではないので」ときっぱり。

 「今回、いただいたことはとてもうれしいんですけど、直木賞を獲ることを目標に小説を書いているわけではないので。今までいただけなかった事に関しては自分が未熟だったんだろうし、今回、いただけたのは、デビューして23年間、一生懸命、小説と向かい合ってきたのが評価されたんだろうと思っています」と率直に話した。

 その上で「あの時、獲っていればとか、そういうことを考えたことはないですし、そういうことを考える人が小説家になってはいけないと思います」と、馳さんならではの熱い言葉も飛び出した。

 そう、「少年と犬」は「不夜城」以来、「ダーク・ムーン」、「弥勒世」など馳さんしか書けないノワール小説をむさぼり読んできた私の目から見ても明らかに新境地と映る作品だった。

 宮部さんは選考委員を代表して、こう言った。

 「動物が出てくる小説となると、あざとさと言うか、そのアドバンテージも、ハードルも高くなる。読者の涙腺もゆるんで、犬はずるいという声もあった。それでも、あざとい作品にならず、(登場する)裏社会の人や半グレの若者も描けていて、さすが馳さんだなと。『不夜城』の馳さんとは、また違う作品。馳さんしか書けない代表作だと思う」。

 当代一の人気作家・宮部さんの口にした「代表作」という言葉通り、「23年間、一生懸命、小説と向かい合ってきた」馳さんがついにたどり着いた新たな代表作こそ「少年と犬」。久しぶりに誰もが納得する直木賞作品が、この夜生まれた。(記者コラム・中村 健吾)

 ◆馳星周(はせ・せいしゅう) 本名・板東齢人。1965年2月18日、北海道浦河町生まれ。55歳。横浜市立大卒業後、出版社勤務を経てフリーライター、書評家に。1996年、「不夜城」で作家デビュー。吉川英治文学新人賞、日本冒険小説協会大賞を受賞。98年「鎮魂歌―不夜城2―」で日本推理作家協会賞、99年「漂流街」で大藪春彦賞受賞。主な作品に「ダーク・ムーン」、「生誕祭」、「弥勒世」、「エウスカディ」、「光あれ」、「四神の旗」など多数。現在、長野・軽井沢町在住。ペンネームはファンである映画監督、俳優の周星馳(チャウ・シンチー)の名前を逆にしたもの。

 ◆馳星周さん直木賞候補の歴史

 ▽第116回 「不夜城」

 ▽第120回 「夜光虫」

 ▽第122回 「M」

 ▽第130回 「生誕祭」

 ▽第138回 「約束の地で」

 ▽第153回 「アンタッチャブル」

 ▽第163回 「少年と犬」で受賞

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