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スポーツクライミング・野口啓代&楢崎智亜の強さとのぼる理由とは…コーチが語る

スポーツ報知
最初で最後の五輪へ挑む野口啓代

 今月23日に開幕1年前を迎える東京五輪で、スポーツクライミングは新種目として実施される。既に代表の座をつかんでいる女子の野口啓代(31)、男子の楢崎智亜(24)=ともにTEAM au=は、19年世界選手権の複合で表彰台に上がり、五輪でもメダル獲得が有力だ。2人をサポートする日本コンディショニング協会の有吉与志恵氏(60)、メンタルコーチの東篤志氏(38)が男女エースの強さを明かした。(取材・構成=小林 玲花)

 有吉氏による野口のサポートは、18年12月からスタートした。初めて野口の体をモニタリングすると「あなた、伸びしろいっぱいあるわよ」と声をかけた。野口は既にボルダリングで4度もW杯年間優勝を成し遂げていたが、有吉氏は「体幹が本当に弱かったんですよ。『この子はなんであんなに登れるの?』って」と不思議でならなかった。

 すぐに弱点を見抜いた。「左の体幹が弱いから、左足で踏もうとすると体が壁から離れてしまう。そういう場面が何度もある」。体幹強化に着手。ストレッチポールを半分に切った、かまぼこ形の「ハーフポール」の上にあおむけに寝て、チューブを使いながら手足を動かすトレーニングなどで鍛えた。O脚気味で「うまく力を伝えられなかった」という足も、お尻付近の中殿筋の後部や、4~5枚ある太ももの内転筋の一つずつをピンポイントで刺激を入れ、改善した。

 全てが有吉氏からの指示ではない。同氏によると野口は「(爪先の甲の小指側を使ってホールドにかける)『トウフックが苦手だから、ここ(の筋肉を)を動かしたい』とか、注文はものすごくある」という。足首の3本ほどの腓骨(ひこつ)筋、一つひとつへのアプローチを指導。「筋肉の名前もちゃんと覚えるんですよ」。野口は常に貪欲に自らの体と向き合っているという。

 テニス、新体操、サッカー、フィギュアスケートとさまざまなトップアスリートを担当してきた有吉氏は、野口を「理想的なアスリートの感じ」と語り、野口は有吉氏を「母親的な存在」と大きな信頼を寄せている。1年延期された東京五輪は32歳で迎えるが「ストレスがたまらない体。野口啓代の筋肉はまだまだいける」と断言。野口の強い探究心こそが進化し続ける秘訣(ひけつ)だ。

 有吉氏は、男子エースの楢崎とは昨年3月に出会った。「俺は16年に世界で勝ってから一回も勝ててない」という楢崎に「そりゃ、そうでしょ。その体だと」と返した。「智亜くんはとにかく運動センスが抜群」という一方で、肩が上がりすぎていることが気になった。

 立って「気をつけ」の姿勢をしても、太もも外側に手がつかず、うつ伏せの状態で手を上げることができなかった。後ろに回した手を腰につけて、トントンと叩く動作ができず「その様子が70歳のおじいちゃんと全く同じ」という。肩甲骨が寄せられない。「肩が上がって肩甲骨が安定しない。最初から肩甲骨が(上に)上がっているからそれ以上、腕が上がらない」。肩回りのトレーニングに加え、練習中から肩への意識、イメージの徹底を重視し、改善中だ。今年2月のボルダリング・ジャパンカップの際には「前に苦手だったものが少しずつできるようになってきている」と手応えを口にしていた。

 楢崎は有吉氏と出会い、体の変化を「フルモデルチェンジくらい」と表現する。上半身は以前より厚みが増し、本人も「ワイシャツがきつい」と感じるほど。ただ、これは筋肉がついたわけではない。有吉氏は「大胸筋じゃなくて、姿勢が良くなった」とトレーニングの効果だと解説する。

 ボルダリングW杯で2度の世界王者となった楢崎だが、最近は増加傾向にあるホールドとホールドの間に体を挟む技術を求められる課題に苦手意識を感じている。「全ての課題で一番強いわけじゃないので。最終的には何の課題でも一番強いって思われたい」。自らの信念を有言実行するため、自分の体と向き合いながら、進化を続ける。

 有吉氏は、体調を崩すことが多かった楢崎に食事面でもアドバイスした。「野菜は食べない」と言い切る楢崎は発熱したり、疲労や筋肉痛が取れないことが多かった。そこで「(体がうまく)使えるようにさえなれば、あとは疲れをためないこと」と、野菜が苦手でも栄養を摂取できるように、栄養素の破壊を抑えて搾汁するコールドプレスジュースを勧めた。ほうれん草、小松菜、ニンジンの他、グレープフルーツなど果物も入れて飲むように指導。楢崎も効果を実感し「いいこと尽くし」と、今は欠かせないメニューとなった。

 姿勢の改善で動きの幅が広がり、コールドプレスジュースでコンディションが安定。練習もしっかり積めるようになってきた。楢崎の体は徐々に金メダルボディーに近づきつつある。

 野口が東氏のメンタルサポートを受けるようになったのは17年1月。東氏は「啓代ちゃんは自分のことを把握できていたタイプ」というが、よりパフォーマンスを向上させるため、サポート導入を提案した。

 プロ野球や陸上など幅広くアスリートを見てきた東氏のトレーニングは「なぜ?」「何のために?」を重視する。「何を表現したいんだろう、何を実現したいんだろうっていう目的をちゃんと描く。それがその先の未来につながっていく。『だからこそ今が大事、今の質を上げよう』」と問いかけている。

 その中の一つの手法として「タイムライン」がある。今後の事柄を紙に書いて並べ、実際に歩いてみる。東氏によると「そうすると大事な気づきやポイントがある」。例えば「W杯では何を大事にして戦おう?」「大事にして戦うためには、どんな練習したらいいか」とシミュレーションし、今すべきことのヒントも得られる。理想通りにいかなかった場合もイメージする。東氏は「想定外を想定内にする」ことを事前に準備することで、万が一の場面でも慌てないという。

 東京五輪で現役引退を決めている野口にはメダルを目指す一方、五輪を恩返しの場にしたいという考えが強くあり、最大のモチベーションになっている。「今まで応援してくれた人の前でいい登りがしたい、感謝の気持ちを伝えたいってところが一番のエネルギー」と野口。最初で最後の五輪に競技人生の全てを懸ける。

 一方、東氏は楢崎について「『自分って何者なんだ』『本当はどうなりたいんだ』とかを、あんまり分かっていなかった」と語る。16年世界選手権でボルダリングを制したが、17、18年は勝つことができなかった。その頃から楢崎は自分自身と向き合うようになったという。「なぜ?」「何のために?」を繰り返す中で、大きな原動力となる目標が見つかった。「過去最高のクライマーは楢崎智亜」と言われる存在になること。東氏は「その中の一個で、(競技実施は)五輪は初めてだから初代王者なりたいっていう思いもある」と明かす。

 「支えてくれた人のために」「社会貢献のために」というアスリートも多くいるが、東氏は「楢崎選手は『そこに関しては、まだ全然分からない』って言うんです。でもそれはそれで良い。自分の道を突き進むことで、結果的に役に立ったり感動したりがあるから、今は自分を大事にして取り組んでいる」という。楢崎は今、自らのために壁を登り続けている。

 ◆スポクラ代表選考

 五輪には1か国・地域から最大で男女2人ずつ出場。日本は19年8月の世界選手権で日本人最上位の男子・楢崎、女子・野口が決定。残り各1人は、国際連盟が選考基準の解釈を変更、スポーツ仲裁裁判所(CAS)に提訴中。聴聞会は8月26日予定。国際連盟の基準を適用すると、同選手権で日本人2番手の男子・原田海、女子・野中生萌が選考される。

 ◆金メダル争いのライバル

 男子は楢崎が優勝候補筆頭だが、ライバル視されるのはヤコブ・シューベルト(オーストリア)。18年世界選手権複合金メダル、19年大会は同2位に入った。さらにアダム・オンドラ(チェコ)も実力がある。09、15年リードW杯で年間優勝し、過去の世界選手権ではリードとボルダリングを制した。女子は21歳の美女選手、ヤンヤ・ガルンブレト(スロベニア)が金メダルに最も近い存在。ボルダリングは19年W杯で史上初6戦全勝で総合V。リードは3年連続でW杯年間優勝を飾った。19年世界選手権では複合で金メダルを獲得。

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