【五輪の深層】未来の五輪への出発点…ソウルから支え続け32年の組織委参与・上治丈太郎氏

晴天下の国立競技場で行われた1964年東京五輪の開会式(合成写真)
晴天下の国立競技場で行われた1964年東京五輪の開会式(合成写真)

 依然、全世界でコロナの猛威が続く。世の中の全てに変革が求められ、そして物事の優先順位も変わった中で、IOCと五輪組織委も延期された東京五輪に向けて再始動している。費用を最小化し、国民から理解と共感を得るべく、簡素な大会を目指す。それが新たな五輪の原則に掲げられた。

 さて、私自身が最も思い出深い五輪は、やはり1964年東京大会である。当時高校生だった私は、兵庫県の片田舎にある学校の講堂のテレビで開会式を見た。その時の感動は今でも胸が熱くなるものがある。

 多感な中高生の時期にあった団塊世代、戦後の復興を担ってきた働き盛り世代、そして画面を通して初めて見る外国人選手に興味津々の小学生…ありとあらゆる世代の国民が64年10月10日、秋空のもとで行われた開会式の、整然とした入場行進を見守った。ブルーインパルスが、国立競技場の上空に見事な五輪を描いた。その光景は、私の終生の宝物となっている。

 夏冬五輪の開会式は、88年ソウルから一昨年の平昌まで、現場で見てきた。最近の開会式は開催国の歴史や文化、産業などさまざまなプレゼンテーションの要素も多分に含んでいる。

 どの大会も特徴があったが、特別印象に残るのは92年バルセロナ大会である。スペインが誇る世界的なテノール歌手の歌など文化、芸術の演出は出色だった。入場券は市内で数十万円で売買されるほどの人気だった。2008年北京大会では中国人のこだわりが色濃く表れた。中国で最も縁起の数字とされる「8」にこだわり、08年8月8日午後8時8分8秒に開会式がスタート。4000年といわれる悠久の歴史の全てを詰め込んだ。

 12年ロンドン大会は、英国ののどかな農村風景から産業革命へと至る発展を表現し、さらにエリザベス女王と“007”ジェームズ・ボンドのコラボ、世界的アーティストの出演と、全世界に改めて大英帝国の存在感を示した。

 16年リオ大会は、ふんだんにプロジェクションマッピングも使って特色を出した。現場では多少評価が割れたものの、テレビ映像的には高い評価を得た。

 北京大会以降、夏は参加200か国、1万人を超える規模となった。毎回セレモニーは4時間を超え、華美になってきている。さらに前回より、と主催者は思うものなのだろう。振り返ると、64年東京大会は午後1時半の天皇奉迎から始まり、午後3時39分の選手団退場で全ての行事を終了した。参加93か国、5152人の規模であったが、厳粛な空気に包まれていた。入場行進で使われた曲も素晴らしかった。以降の大会のモデルケースとして、継承されている部分が多くある。

 来年の大会はコロナも含めた地球上の全ての問題や課題を少しでも克服し、チャレンジする契機と位置づけられる。日本人の国際社会での最高級の貢献として持続可能なレガシーとして、語り継がれる大会にするために日夜奮闘されている五輪組織委に敬意を表したい。何としても2回目の五輪をこの目で見たいと考えている高齢者の方もいらっしゃる。東京大会が、前回と同様に未来の五輪への出発点になることを確信している。

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