飛び込み・坂井丞、10年前から謎のじんましん乗り越え五輪切符獲得…目指すは飛び込み界初のメダル

昨年の世界水泳で調整する寺内(左)と坂井(多重露光で撮影)
昨年の世界水泳で調整する寺内(左)と坂井(多重露光で撮影)
持病と闘いながら飛び込み界初のメダルを目指す坂井(右)と寺内
持病と闘いながら飛び込み界初のメダルを目指す坂井(右)と寺内

 飛び込みの東京五輪代表・坂井丞(しょう、27)=ミキハウス=は持病と闘いながら、飛び込み界初の五輪メダルを目指している。10年前から抱えてきた原因不明のじんましんに悩まされながら、昨年、寺内健(ミキハウス)とのペアでシンクロ板飛び込みの五輪切符を獲得。その後も体調不良に苦しんだ。新型コロナウイルスの感染拡大で五輪が延期となり、練習に苦労する日々も経験。次々襲う試練と向き合うダイバーに話を聞いた。(取材・構成=太田 倫)

 世界が新型コロナの脅威にさらされるずいぶん前から、坂井は「練習したくても思うようにできない」というジレンマと闘ってきた。

 発症したのは2010年頃。トレーニングや入浴で体温が上がり、汗をかこうとすると、体の至るところに「針で刺されたようなチクチクした痛み」が走り、発疹が出るようになった。

 「乾燥して肌がピリピリしてくる状態がありますが、あの究極版ですね。症状が出るのは胸と背中が多くて、あとは首回りや後頭部。おなかとか足は我慢できるんですが、頭に出るのが一番きついんです」

 当初は「コリン性じんましん」と診断され、昨年改めて受けた検査では「特発性じんましん」と告げられた。いずれにしろ、原因は不明である。「プールでも1時間ぐらいすると汗をかいてきて、痛い。全然集中できないんです」。例年は冬場に悩まされていたが、昨年は一年中、正体の分からない“敵”に苦しめられた。五輪出場権が懸かった7月の世界水泳(韓国・光州)を控えても、練習は満足に積めなかった。体調の波は激しく、柔軟体操だけで引き揚げざるを得ない日もあった。

 「特発性―」には、これといった治療法が確立されていない。薬は効果をなかなか示さず、とはいえ、アスリートはドーピング検査もあるため、使用できる薬も限られる。「体温が低いと症状は出づらい」が、練習がある以上、それはどだい不可能な話だ。ある病院では「君の体はスポーツに向いていないね」と、心ない言葉を投げかけられた。「ショックだった。さすがに蹴りたくなりましたね」と傷ついた。

 月に一度は症状を抑える注射を打ちつつ、日常生活でも試行錯誤を続けてきた。シャンプーやボディーソープ、乳液、化粧水に至るまでベストのものを探した。効果があると聞けば鍼灸(しんきゅう)にも通った。「体温をなるべく低く保つように意識はしている。血糖値も気にしている。外でもあまり日光に当たらないようにする」。外出時には携帯用扇風機を持ち歩く。

 理想とする練習量の半分、あるいは3分の1くらいで臨んだ世界水泳だったが、寺内とのペアでシンクロ板飛び込み7位に入り、五輪切符を手にした。しかし帰国後に新たな試練が待っていた。じんましんに加え、慢性的な嘔吐(おうと)感を抱えるようになったのだ。9月上旬にマレーシアで行われたアジアカップには出場したものの、約2週間後に金沢で行われた日本選手権では個人の板飛び込みを棄権せざるを得なかった。5連覇が懸かった得意種目だった。

 「マレーシアに行く前は、空港でもずっとトイレで吐いていました。機内でも同じで、食べたら全部戻しちゃう。最終的にうどんしか食べられなくなり、5キロ痩せました。日本選手権は練習中に吐いちゃって、これは無理だな、と。最後は胃液しか出ない。むちゃくちゃつらいですよ。トイレで便器を見るだけで、こみ上げてきていました」

 胃カメラものみ、さまざまな検査もしたが、これもまた原因不明。じんましんとの関連性も不明。気持ちは沈んだ。

 「トレーニングできついんじゃなくて、原因が分からないじんましんできつい思いもしてきた。ここまでしてやる意味があるのか、と。試合は本当にしたくなかった。準備できていないし、とりあえず早く終わってほしかった。毎日が嫌でした」

 2月の国際大会派遣選手選考会では板飛び込み3位に終わり、個人としての2大会連続五輪の可能性が事実上消えた。父でコーチの弘靖さん(58)は体調不良の裏に「五輪が近いという重圧もあったのではないか」と指摘する。

 「またじんましんが出てきたらどうしよう、という怖さもある。その中で健(寺内)が個人種目でも五輪切符を得た。自分もやらなきゃと思うけど、思うように動けない。焦りもあったかもしれないですね。練習でできても、試合では演技がどんどん小さくなる。『どうしたの? 何してるの?』ということもありました。もどかしかったですね」

 ただ、この敗戦で「もやもやが吹っ切れた」と坂井は言う。練習できないことにストレスを抱え、「あれもこれもやらねば」と内向していくよりも、できることをやる、という方向性を見いだしたからである。

 明るい兆しもつかの間、コロナ禍がやってきた。プールは約2か月使えなくなり、東京五輪も延期となった。だが、今度の試練はプラス思考で捉えられた。自粛期間に入ってから約1か月ほど休養に専念。比較的体調も上向いたところで、しばらく注射を打たない期間を設けてみるなど、以前とは持病との付き合い方も変えた。「今はちゃんと体とも向き合えている。五輪があったらいろいろと試せていないですからね」

 練習再開後は、家の前のスペースにマットを置いて宙返りの練習。祖父の家の車庫を改造してトレーニング場を作り、手作りのバーベルで筋トレを行う。「1年をもらえたのはプラス。気持ちの整理もつきました。我慢して、元に戻った時の状況に楽しみもありますね」。逆境続きの中で、ようやく光を見いだした。

 持病は常に悪化の可能性と隣り合わせだ。「もう完治は無理と思っているので、諦めてやるしかない」。ひょうひょうと話す27歳のダイバーの心をつないできたのは、飛び込み界初の表彰台という夢だ。「メダルを目指したいし、これからある試合は全部勝ちたい。病と闘いながらもできることはたくさんあるってことも、競技を通して伝えられたらと思っています」

 ◆坂井 丞(さかい・しょう)1992年8月22日、相模原市生まれ。27歳。飛び込み選手だった父・弘靖さん、母・由美子さんの影響で幼少期から競技を始める。麻布大渕野辺(現・麻布大付)高3年だった2010年の日本選手権で3メートル板飛び込み、高飛び込みの2冠。13年世界選手権で板飛び込み8位。15年に日体大からミキハウス入社。16年のリオ五輪では板飛び込み22位で予選敗退。171センチ、58キロ。

 ◆特発性じんましん 直接的な原因などがないにもかかわらず、自発的に皮膚にミミズ腫れ、ブツブツ(膨疹)や赤みが生じ、神経に作用してかゆみを生じる症状。症状は基本的に毎日のように表れ、発症後約1か月以内のものを急性じんましん、1か月を超えたものを慢性じんましんと呼ぶ。じんましんは食品のアレルギーや発汗などが誘因とされるが、患者の約70%は誘因が不明の特発性とされる。

 ◆持病と闘いながら五輪で活躍した主な選手

 ▼陸上 ウサイン・ボルト(ジャマイカ)=脊椎側彎(わん)症 脊椎(背骨)が横にカーブを描くように曲がる疾患を抱え、ストライドにも大きな左右差があった。その影響で太もも裏の肉離れなどの故障にも悩まされたが、五輪は08年北京大会から100、200メートルで3大会連続金の快挙。

 ▼競泳 マイケル・フェルプス(米国)=うつ病 04年アテネから4度の五輪で合計23個もの金を獲得した“水の怪物”は長年、極度のうつの症状に悩み、一時は真剣に自殺を考えるほどに追い込まれた。特に12年ロンドン大会後は深刻化したが克服し、16年リオ大会で金4個を獲得して引退。

 ▼競泳 星奈津美=バセドウ病 16歳の頃から甲状腺ホルモンが必要以上に分泌されるこの病気にかかっていたが、ロンドン大会では200メートルバタフライで銅を獲得。症状が重くなり、14年には甲状腺を全摘する手術を受けたものの、リオ大会では復活して200バタで再び銅をゲット。

 ▼セーリング サンティアゴ・ランヘ(アルゼンチン)=肺がん リオ大会まで通算6度の五輪に出場するレジェンド・スキッパー。リオの前年に肺がんと診断され、左肺を摘出。約半年で復帰し、男女混合のナクラ17級で自身初となる金をつかんだ。

 ▼水泳(オープンウォータースイミング) マーテン・ファンデルバイデン(オランダ)=白血病 01年3月に病気が判明し、幹細胞手術と化学療法の末に回復。08年北京の男子10キロで金を獲得した。「大病を患っても、金メダルを取れることを証明した」

昨年の世界水泳で調整する寺内(左)と坂井(多重露光で撮影)
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