元ロッテの鉄腕左腕・藤田宗一氏がケニアで野球指導 目標はWBC出場

藤田宗一氏(左)とケニア代表監督の廣谷弥咲氏
藤田宗一氏(左)とケニア代表監督の廣谷弥咲氏
ケニア代表チームを指導する廣谷氏
ケニア代表チームを指導する廣谷氏
ケニアで開かれた国内大会
ケニアで開かれた国内大会

 ロッテ、巨人、ソフトバンクで貴重な中継ぎ左腕として活躍した藤田宗一氏(47)が、ケニアの野球振興、代表チームの強化という異色の夢を追っている。2006年の第1回WBCの世界一メンバーで、NPB600試合登板を誇る左腕がインタビューに応じて熱い思いを明かした。

 ―ケニアの野球との出会いは?

 「島原中央高校の後輩の廣谷(弥咲)が2015年から代表監督を務めていまして、僕のプロ野球での経験を選手たちに一度、教えてほしいと頼まれました。それで3年前、ナショナルチームの代表選考を兼ねた国内大会を視察するため、1週間ぐらい現地に滞在しました」

 ―そのときの野球のレベルは?

 「正直、日本の小学生レベルでした。打ったら一塁でなく三塁に走る選手もいれば、ベースの上でスライディングしたりと。死球になりそうな球はよけずに、素手で捕ったりと。ルールを把握していない選手も多かったです。でもそれから3年経って、随分とレベルも上がっています」

 ―身体能力の高い選手が多い?

 「僕が行ったときも、少し教えただけで、すごく上達しました。10代後半の子が多かったのですが、遠投も小手先だけの投げ方で80メートルぐらい投げる。きちんと教えればすぐに100メートルは投げられるようになる。やっぱり体のバネが違います。でも、ケニアで野球している子は経済的に恵まれていない子が多く、体が細く、パワーが足りないなとは思いました。サプリメントとかで栄養補給してパワーをつければ、とんでもない選手が出てくると思いました。キューバの選手にも負けないような、磨けば光るダイヤモンドの原石がゴロゴロしています」

 ―ケニアで野球をやる子は経済的に恵まれていない?

 「そうなんです。裕福な家庭の子は陸上とかクリケットをするみたいで。ケニアはマラソン王国として知られていますから。だから野球をやっている子は、道具をそろえるお金もない。スパイクを持っている子は当時、2、3人だけでしたし、グローブもバットもボロボロ。グラウンドも原っぱですから」

 ―ハングリー精神がありそうだ。

 「いつか日本で野球をしたいという子が女の子も含めてたくさんいました。僕のこともインターネットで調べたのか知っていました。とにかく熱意があるので、何とかしてあげたいと思いました。ケニアから帰国してから実際に個人的にいろいろ動きました。高校に野球留学というのも考えたのですが、まず日本語を話せないというのがネックになりました。ボールなどの寄付はしていますが、なかなかそれもままならない状況です」

 ―今度はどういうプランを練っている?

 「まず10歳ぐらいの若いときから野球だけでなく、日本語の学習もさせてあげたいですね。そうすれば、野球留学というのも現実的になってきますから。日本で鍛えればドラフトにかかる選手も出てくるのではと思っています。将来的には日本で野球を学んだ子がケニアでその経験を伝えられれば、好循環していくと思います」

 ―国際大会出場も狙える?

 「それは近い将来の現実的な目標として捉えています。当初来年に開催予定だったWBCが2023年に延期されるという話が出ていますが、予選に出場できるアフリカ枠が2つに増えるという可能性があるみたいです。そこに廣谷と僕が教えた選手で臨めればと考えています。ハングリー精神もあるし、鍛えれば楽しみな選手が本当に多いですから」

 ―東京五輪のアフリカ予選では南アフリカが優勝したが、多くの国がエントリーしていた。野球が広まる土壌はアフリカにある。

 「野球への恩返しといいますが、そのお手伝いを少しでもできればと思います。野球って、仲間と勝って喜んで、負けて涙してと、素晴らしい団体スポーツ。その魅力はどの国でもきっと伝わると思います。そして、野球がうまくなりたいという選手の願いをかなえてあげたい。僕が思うのはそれだけです」

 ―7月1日にクラウドファンディングで資金を募ることを発表した。

 「できれば年に数回は現地を訪れて指導できる環境をつくりたいと思っているのですが。行くだけで丸1日かかる国ですから、個人のボランティア活動ではどうしても限界があります」

 ―ケニアのコロナ渦はどうか?

 「やはり向こうでも感染拡大で大変だったみたいで、代表監督の廣谷も日本に帰ってきています。でも、また10月ぐらいに戻れるという話もあるみたいで、代表チームもそこから活動を再開できればと思っています」

 ◆藤田 宗一(ふじた・そういち)1972年10月17日、京都府生まれ。47歳。島原中央高を卒業し、西濃運輸では都市対抗などで活躍。97年ドラフト3位でロッテに入団。1年目から56試合に登板すると、2000年には70試合に登板し、最多ホールドのタイトルを獲得。07年オフに巨人に移籍。11年からはソフトバンクでプレー。12年に独立リーグ・群馬でコーチ兼任に28試合に登板。同年限りで退団した。NPB通算は600試合、19勝21敗、8セーブ、77ホールド、防御率3・89。左投左打。

藤田宗一氏(左)とケニア代表監督の廣谷弥咲氏
ケニア代表チームを指導する廣谷氏
ケニアで開かれた国内大会
すべての写真を見る 3枚

野球

NEWS読売・報知 モバイルGIANTS ショップ報知 マガジン報知 バックナンバー申し込み 個人向け写真販売 ボーイズリーグ写真販売 法人向け紙面・写真使用申請