中川健太、7・22初防衛 昨年12月“退路断ち”ラーメン店辞めたらコロナ禍収入なし

ミット打ちを行う日本スーパーフライ級王者・中川
ミット打ちを行う日本スーパーフライ級王者・中川

 新型コロナウイルス感染拡大で苦しい生活を強いられながら、ボクシングで夢をつないだ三迫ジムの日本スーパーフライ級王者・中川健太(34)が28日までにスポーツ報知の取材に応じ、7月22日(東京・後楽園ホール)に行われる念願の初防衛戦への思いを語った。

 「今度こそ初防衛だ」―。強い思いを拳に込め、中川はサンドバッグを打ち抜いた。「無観客試合は想像できないけど、試合をさせてもらえるだけでうれしい。(挑戦者の)ユータ松尾選手はタフでガードが堅く、フィジカルも強いという印象。(コロナ禍で)試合が延びたことで対策をさらに練ることができた」と自信をのぞかせた。

 「こんな世の中になるとは…」。中川は16年10月に初めて日本スーパーフライ級王座を獲得。昨年12月に再び王座のベルトを腰に巻いたが、この直前、勤務していた都内のラーメン店を退職。「ボクシングだけで生活する」という強い思いで“退路”を断ち、試合に臨んだ。だが、その後はコロナ禍で興行延期。収入がなくなった。「今は貯金を切り崩している。金銭的に不安な気持ちになることもあるが、試合をさせてもらえることがうれしくて。三迫(貴志)会長には感謝しています」

 昨年3月、三迫ジム入りした中川の思いを、三迫会長は誰よりもくんでいる。移籍後は「習っていないことがいっぱいある」と若手に交じり、懸命に基礎練習やハードな打ち込みを行っていた。その姿などを見てきただけに、「成し遂げていないのが初防衛。何とかタイトル戦をやらせたかった」という。

 中川はデビュー3戦で一度はグラブを置いた。6年後に再起、その後頂点に初めて立ったが、17年3月の初防衛戦で都立港工高(現・六郷工科高)の同級生・船井龍一(ワタナベ)に敗れた。「もう一つ上に行きたい。結果以上に内容が問われる。最高の環境でやらせてもらっている。仕事がないのは言い訳にならない」。34歳の苦労人にとって、初防衛は“世界”に向けても成すべきノルマだ。

 ◆中川 健太(なかがわ・けんた)1985年8月7日、東京・墨田区生まれ。34歳。中学時代は野球部、都港工高(現・六郷工科高)時代にボクシング部を創設し、2004年12月、ロッキージムからプロデビュー。一度引退も、11年に6年ぶり復帰。16年、レイスポーツ所属で日本スーパーフライ級王座獲得。昨年3月に三迫ジムに移籍し、12月に同級王者へ返り咲いた。戦績は18勝(12KO)3敗1引き分け。166センチ。左ボクサーファイター。

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