スポーツ報知は新企画「報知美術部」をスタートしました。世界で唯一のアートテラーと名乗る元吉本興業のお笑い芸人とに~(37)がナビゲーター。「敷居が高い…」、「難しい…」と敬遠しがちな美術ですが、その魅力を分かりやすく、かつ面白く独自の視点やネタを交えて名作の数々を解説します。第1回は、日本人が大好きなフィンセント・ファン・ゴッホの《ひまわり》。東京・国立西洋美術館で開幕した「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」では初来日の傑作が見られます。誰もが知る名画の知られざる魅力とは。
ようやく来てくれましたか…。絵を前にして思いが咲き乱れています。
ゴッホの絵はトム・クルーズ並みの頻度で来日していて、毎年のように展覧会がありますが、今回の《ひまわり》は初来日です。教科書にも載っているくらい、みんな知ってる代表作中の代表作。その中でも最も有名な《ひまわり》なんです。
ゴッホは花瓶に挿されたひまわりの絵を7枚描きました。1888年、南仏アルルのアトリエで共同生活を送ることになった友人の画家ポール・ゴーガンを出迎えるサプライズのために。かつて別のひまわりの絵を描いた時に「君のひまわりと僕の絵を交換してくれよ」と言われていたので、喜んでもらおうと思ったんですね。アトリエを訪れたゴーガンは感激したようで、特に気に入って寝室の壁に飾ったのが、今回来日した《ひまわり》です。
目を奪われるのはその色鮮やかさ。花、花瓶、背景、置き場所が全て黄色で統一されています。実は描いたアトリエの外観も黄色でした。ゴッホは好きな画題を、徹底的に好きな色で描く勝負をしたんです。自信作だったそうで、花瓶に「Vincent」のサインを入れています。
15本ある花には、それぞれ個性があります。咲き誇る花、枯れた花。ずっと見ていると、植物というより生物のように…さらには怪物のようにも見えてくる。ゴッホは《ひまわり》に何を投影したのか。それは本人しか分かりません。しかし、92・1センチ×73センチの実物を見れば筆跡から何かを感じ取るはずです。
世絵好きだったゴッホ。日本を愛し、そして日本に愛されている画家です。日本人は彼の作品はもちろん、熱い生き様や不遇のまま37歳という若さで世を去った人物像にも深く魅了されています。だから、象徴となる《ひまわり》は特に大好きなんです。
《ひまわり》を別の何かに例えるとですか? う~ん…。「サザンオールスターズのような絵」でしょうか。老若男女の日本人に愛され、常に夏を想起させ、南の方角を向き、人々に元気を与え続けています。美しく、楽しげなだけではなく、桑田佳祐さんの歌声のように独特の味わいもある。
この《ひまわり》はロンドン・ナショナル・ギャラリーに1924年に所蔵されて以来、一度も門を出たことがありません。そんな作品が2020年の日本で、しかも、近くから肉眼で見られる。サザンの一番の名曲が生で聴けるようなものです。絵画も音楽も、実物を前にしないことには本当のすごさは分かりません。
ちなみに、15世紀のルネサンス時代の作品から始まる今回の展覧会では、19世紀末に描かれた《ひまわり》は新参者と言えますが、別格の1枚としてラストを飾っています。北島三郎さんや石川さゆりさんを差し置いて、キャリアの浅い歌手が紅白歌合戦の大トリを飾るようなものです。いかに日本人に愛されているか分かります。
新型コロナウイルスは日本、そして世界の美術界に打撃を与えました。だからこそ再び幕が上がり、見る者に元気を与える《ひまわり》と出会えることには大きな意味があります。美術界復活の象徴として長く記憶されることを願っています。
◆フィンセント・ファン・ゴッホ(Vincent van Gogh)1853~90年。オランダ生まれ。画廊や書店で働き、27歳で画家に。激情を投影した筆遣いと大胆な色彩感覚で「炎の画家」と称される。発作による入退院を繰り返し、37歳で拳銃自殺(他殺説も)。生前売れた絵は1枚だが、ポスト印象派の代表的画家として世界的人気を誇る。代表作に《ひまわり》《夜のカフェテラス》《星月夜》《タンギー爺さん》など。