【2009年6月16日】木村拓也、生涯最後のホームラン

09年6月16日、宇都宮での巨人・西武戦。激しい雨の中、4回2死一、二塁、左越えに3ランを放った木村拓也
09年6月16日、宇都宮での巨人・西武戦。激しい雨の中、4回2死一、二塁、左越えに3ランを放った木村拓也

 手応えがあろうが、なかろうが常に全力疾走。

 それが、巨人・木村拓也選手のプレースタイルだった。

 この日、栃木・宇都宮市の清原球場では巨人・西武戦が行われた。試合を決める逆転3ランを放ったのがキムタクだった。

 3回あたりから激しい雨。途中コールドもありえるほどの悪天候だ。巨人は4回、西武に逆転を許して裏の攻撃を迎えた。谷、鶴岡の連続二塁打で1点差に迫って、なおも2死一、二塁、2番・木村拓が右打席に入った。狙うは西武先発・石井一久(現楽天GM)のスライダー。キムタクがバットを鋭く振り抜いた。

 その後、超がつくほどの全力疾走。記者席で見ていた私は「フェン直(フェンス直撃)ぐらいの手応えなのかな」と思ったら、打球は軽々と左翼席を越えた。試合はなんとか9回まで行われ、巨人は7―6で勝利。翌日、バットを放り投げて一塁へ走り出すキムタクの写真がスポーツ報知の1面(首都圏宅配最終版)を飾った。

 「(年齢が)いくつになっても必死ですよ」。当時37歳。完全にベテランの域だが、彼から何度もこのフレーズを聞いたのを思い出す。当時はベンチスタートが多かったが、この日は試合前練習で動きにキレがあると見た原監督が、約1か月半ぶりにスタメンで起用。その期待に、一振りで応えてみせたのだ。

 木村拓のハイライトといえば、ここからおよそ3か月後、9月4日のヤクルト戦(東京ドーム)。捕手を使い果たした12回、緊急マスクをかぶってチームを価値あるドローに持ち込んだシーンが有名だが、この年は、逆転3ランを始めとして要所要所でしぶとい活躍を見せ、リーグ3連覇とチームの日本一に貢献したのだった。

 6月16日に放ったこの一発は、キムタクにとって野球人生最後のホームランとなった。コーチに転身した翌2010年、突然、この世を去ったことは今でもショックだし、信じられない思いだ。

 木村拓也は09年11月に現役引退&コーチ就任会見に臨んだ。その席で「絶対に後ろを振り向かない気持ちを持った選手を育てたい」と決意表明した。今の巨人にも、キムタクの精神が根付いているに違いない。(清水 豊=09、10年巨人担当キャップ)

 <木村拓也>(きむら・たくや)1972年4月15日、宮崎県生まれ。宮崎南高から90年ドラフト外で日本ハム入団。95年に広島、06年途中に巨人へ移籍。投手以外の全ポジションを経験した。通算成績は1523試合に出場し、打率2割6分2厘、53本塁打、280打点。10年4月7日、くも膜下出血のため広島市内の病院で死去。享年37。173センチ、75キロ。右投両打。

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