巨人6000勝の軌跡~1400勝 0封勝利で首位中日とゲーム差なし

1957年6月14日付のスポーツ報知
1957年6月14日付のスポーツ報知

 巨人が19日の阪神との開幕戦(東京ドーム)に勝利し、球団通算6000勝を達成した。

 スポーツ報知では、「巨人6000勝の軌跡」と題して、1000勝から100勝ごとの節目勝利を、当時の記事で振り返る。

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◆巨人2-0国鉄(1957年6月13日・後楽園)(2試合開催の第2試合)〔勝〕木戸9勝2敗〔敗〕金田11勝10敗

 「肘はもう何ともない」という金田は第1試合の10回にリリーフしたのが手頃なウォームアップとなってか立ち上がりから好調。素晴らしいスピードに乗せて速球を低めに投げ込みカーブの切れもいい。1回に与那嶺の中前安打、3回に岩本の右越二塁打を浴びたが、4回まで5三振を奪って少しも危なげない。

 巨人の先発はチーム最多勝(8勝)の木戸。上手からの速球だけにモノを言わせるやや単調なピッチングで1回早くも四球、パスボールで二塁を奪われ、2回には箱田の左中間三塁打、3回には金田に左越二塁打されるなど金田に比べてやや不安定。だが肝心なところになるとカーブを交えたピッチングでしっかりと締めていた。

 この均衡が5回金田自らのエラーで破られた。藤尾が四球で出た後、広岡の投手左前のバントをライン上で拾った金田がファンブル(内野安打)して無死一、二塁。続く土屋も全く同じ所へうまく転がした。

 金田が拾って向き直った時には打者は既に一塁寸前。その無理な姿勢から投げた金田の送球が跳び上がった飯田のミットを越えるとんでもない高投となって一塁側フェンス際へ…。二塁の藤尾はもちろん、一塁の広岡までがホームに駆け込んだ。打った土屋は三塁。巨人のバント戦法が完全に国鉄の守備をかき回して得た2点である。

 6回から国鉄が反撃に移った。1死後、松田の左越二塁打、町田の左前安打と続けて一、三塁。だが飯田、箱田にヒットが出ない。

 7回トップ佐々木が中前へたたいた。巨人はここで疲れた木戸を藤田に代え、与那嶺と岩本を入れ替え慎重に守りを固めた。この後、青山の浅い中飛を代わったばかりの岩本が前進して好捕。続く金田の二ゴロも広岡を軸にしたスムーズな併殺に取った。

 国鉄必死の攻撃も巨人のキメの細かい守りに軽くかわされた格好。藤田はスピードこそやや落ちてきていたが、得意の速球をコーナーに決め、最終回の2死一、三塁も阿井を2-0から悠々と遊ゴロに打ち取って国鉄を無得点に抑えた。

 これで巨人は首位中日にゲーム差なし、2分8厘差と迫った(中原)

巨人

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