巨人6000勝の軌跡~1100勝 苦戦からの打開…松竹の策略を失敗に追い込む

1953年9月20日付のスポーツ報知
1953年9月20日付のスポーツ報知

 巨人が19日の阪神との開幕戦(東京ドーム)に勝利し、球団通算6000勝を達成した。

 スポーツ報知では、「巨人6000勝の軌跡」と題して、1000勝から100勝ごとの節目勝利を、当時の記事で振り返る。

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◆巨人2-1松竹(1953年9月19日・甲子園)〔勝〕入谷10勝6敗〔敗〕有村 4勝5敗

 松竹は1回小林、藤井の安打と四球で1死満塁とし、岩本のバットが折れた一、二塁間ゴロ(藤本が一塁へ入るのが遅れ内野安打)で1点を先取した。この後に続いた満塁のチャンスは荒川の遊ゴロ併殺でものにできず最少点にとどまった。

 有村も1、2回に3つの四球を出したが、2回の1死満塁も広田の中前安打になるようなライナーを好捕した宮崎の美技に助けられて切り抜け、5回まで2安打に巨人を封じた。

 6回無死、与那嶺のバントヒットに始まった二、三塁のピンチも南村を一邪飛、川上2―3からカーブで三振に打ち取るなど有村は大わらわの活躍を見せていた。

 6回から藤本をリリーフした入谷は代わりばなを藤井、岩本にうまくバットを合わされて連安打されたが、後を良く締めた。

 巨人は有村の外角に切れるようなシュートを見送り、その疲れを待ったが、内角に入る緩いカーブに手を出し、いい当たりがほとんどフライになって外野手の正面を突いたために1回の1点が重荷となって意外の苦戦だった。

 ところが8回、巨人にチャンスが来た。疲れの出てきた有村は与那嶺、千葉を歩かせた。ここで松竹は慎重に荒川捕手と相談した上で、権藤に切り替えた。巨人は権藤の代わりばなに南村が遊撃左を抜く安打して同点。川上四球の1死満塁から柏枝が鋭いドロップを巧みに一塁線にスクイズバントして簡単に勝ち越し点を挙げた。

 しかし9回、巨人は別所を登板させたため、思わぬピンチを招いた。ウォームアップ不足の別所は代打目時を歩かせ代打平山に右翼線二塁打されて無死二、三塁。松竹は代打、代走を繰り出したが強気の作戦が失敗。椙本の遊ゴロで三塁走者が本塁に刺され椙本は二盗不成功、荻原はドロップを三振して最後のチャンスを逸してしまった。(坂重夫)

巨人

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