また交渉決裂でMLBに明日はあるか…

 時は容赦なく刻まれる。独立記念日の週末に合わせたMLB機構側の開催案が拒否され、悲観論が広がる。機構側は新たに76試合案と、試合数変更に伴う給与配分方式を提案したが、「方法は変わっても実質的な変化なし」と選手会側は受け入れる姿勢をみせない。

 機構側は9月27日にレギュラーシーズンを終え、10月いっぱいでポストシーズンを終了するためには10日が新たなデッドラインだと主張する。選手会側は給与削減を少しでも抑えるために1試合でも多くやりたい。経営者側は無観客での試合が増えれば増えるほど損失がかさむ。秋が深まれば新型コロナウイルスの第2波の襲来が予想され、テレビネットワークはすでに他のプロスポーツの中継日程を決めている。

 11月以降に試合を組むのは困難だ。両者ともタフな立場に立たされているにもかかわらず、話し合いは平行線をたどったままだ。

 当事者の都合ばかりを主張し合う実りなき交渉をしている2週間、アメリカ社会では新型コロナに次いで深刻な問題が起こった。MLBのフランチャイズのひとつであるミネソタ州ミネアポリスで白人警官が黒人男性を窒息死させた事件だ。翌日には人種差別の抗議デモが組織され、たちまちニューヨークやロサンゼルスといった大都市を始め全米あらゆる州に広がり、驚くべき速さで世界に拡散した。そして「BLACK LIVES MATTER」(黒人の命も大切だ)のスローガンのもと、過去に例をみない規模でムーブメントになった。繰り返すが、わずか2週間の出来事である。新型コロナに苦しみ、大恐慌以来という大量の失業者を生んでいる社会的危機の中でエンターテインメントとはいえ、フランチャイズやファンに対する社会的責任を担う「ミリオネア」と「ビリオネア」の戦いがいつまでたっても合意に達しない状況は理解を得られないだろうし、多方面に悪影響を及ぼすだろう。

 「もう野球の世界はいいよ。あまりにもビジネスになり過ぎた。だから、競馬担当に変えてもらった」といったのはニューヨーク・タイムズ紙のジョセフ・ダーソー記者だ。あの232日間の泥沼スト(1994~95年)の翌年のことだった。70年代からメッツなどの担当記者を務める傍ら、コロンビア大学でジャーナリズムの講義をするような人物で、私のニューヨーク時代のメンター(師)のような存在だった。

 当時のプレスボックスには、このダーソー記者や、一見温厚だがスター選手や球団幹部とも喧嘩を辞さずのディック・ヤング記者などテイラー・スピンク賞(野球殿堂で毎年全米で一人だけ選出される野球記者最高の名誉)受賞の才能と個性に溢れた多士済々のスポーツライターがいて、しのぎを削っていた。

 ダーソー記者の失望は決して彼ひとりではなかった。やがてヤング記者も、何人かのベテラン記者も姿をみせなくなった。それが全てストの後遺症によるものとはいわないが、「失望感」を口にする記者たちは少なくなかった。プレスボックスの空気もスト前と後では微妙に変わったような気がした。

 あれから四半世紀が経って、当時三下り半を突き付けたようなメディアには、今度は強烈な逆風が吹いている。全米のローカル紙の大半は経営危機に瀕し、人員整理しても間に合わず廃業に追い込まれるケースが急増。スポーツ分野でもリストラの嵐が吹きまくり、優秀なスポーツ記者が何人も職を失っている。新型コロナ不況に加えて、いつまでも合意に至らないMLBの現状。春から始まっているリストラは加速し、5日には影響力を持つスポーツサイト「The Athletic」が全体の8%にあたるスタッフ46人を一時解雇、他のスタッフの多くにも給与カットを断行した。労使交渉がさらにもつれ、長引けばスポーツメディアは著しいダメージを被ることになり、弱体化すればMLBにも大きな損失になるだろう。そして、深刻なファン離れにも繋がっていくに違いない。救世主はいないものだろうか。

 出村 義和(スポーツ・ジャーナリスト)

出村 義和
 (でむら・よしかず)1971年、ドジャースタジアムでMLB初観戦。ベースボールマガジン社でアメリカ総局勤務、週刊ベースボール編集長などを務める。独立後、ニューヨークをフランチャイズに19年間MLBを中心に多岐にわたるジャンルで取材、執筆を行う。帰国後、JスポーツでMLB中継の解説者も務める。

野球

NEWS読売・報知 モバイルGIANTS ショップ報知 バックナンバー申し込み 個人向け写真販売 ボーイズリーグ写真販売 法人向け紙面・写真使用申請