【2010年6月9日】ソフトバンク・ペタジーニやっぱりスゴかった 2077日ぶり劇弾

サヨナラ本塁打を放ったペタジーニ(左)がナインに祝福されて笑顔で生還(2010年6月9日撮影)
サヨナラ本塁打を放ったペタジーニ(左)がナインに祝福されて笑顔で生還(2010年6月9日撮影)

◆2010年6月9日 日本生命セ・パ交流戦 ソフトバンク4x―3横浜(福岡ヤフードーム)=延長10回=

 勝負勘と集中力は全盛期のままだった。「日本に戻ってこられて本当にうれしいです」。福岡ヤフードームのお立ち台。ニタッと笑うのはロベルト・ペタジーニ内野手(当時39)だった。横浜(現DeNA)との交流戦。3―3の同点で迎えた延長10回、真田の直球をフルスイングした。「私にチャンスをくれたホークスに恩返しがしたい」と心に誓った9試合目。バックスクリーン右へ運んだサヨナラアーチは、実に2077日ぶりの一発だった。

 2010年は松中が右膝の手術明けで、同じ左の長距離砲として4月に緊急補強された。ヤクルト、巨人で2度の本塁打王。6年ぶりの日本球界は過酷だったはずだ。39歳。ポジションは用意されるものではなくなっていた。「使える状態なら使う」とは就任2年目を迎えた秋山監督の方針。左膝に古傷を抱え、その試合でも広いヤフードームの右中間を大きく破りながら、二塁でタッチアウトになるほどの状態だった。

 「日本でプレーするならホークスが最後だね」。とにかく一生懸命だった。1軍合流して間もない遠征の食事会場では、秋山監督と2人きりで会話。通訳を介さずに英語で「フルスイングして安打になるなら、それでいい。チームが勝つなら本塁打はいりません」と熱い気持ちをぶつけた。先輩、後輩関係なく、チームメートを呼ぶのは必ず「さん」付けだった。ポジションがかぶる松中はロッカーが隣。いがみ合うことなく「つらい時は助け合っていこう」と励まし合った。

 力の衰えを感じながら、準備にはこだわった。バットに対しても繊細な感覚を備え、少し触っただけで改良をリクエスト。「数ミリの違いなんですけどね…」と用具担当者を悩ませたようだ。ベンチスタートの試合後はマシン打撃が恒例。「野球は年齢でやるものではない」と実は意地もあった。7月21日の西武戦(ヤフーD)でサヨナラ2ラン。8月13日の日本ハム戦(同)では、初対戦のダルビッシュから逆方向へ勝ち越し2ランを突き刺している。

 81試合で打率2割6分1厘、10本塁打、41打点。最後の144試合目で優勝を決めたソフトバンクにおいて、数字以上に貢献度は高かった。寡黙で、練習熱心で、真夏でもホットコーヒー派。あのオルガ夫人を球場であまり見かけなかったのは少し残念だが、間違いなく欠かせない存在だった。(長田 亨)

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