【2014年6月7日】室伏広治 陸上日本選手権男子ハンマー投げで20連覇達成「五輪、世界選手権で優勝した時と同じくらいうれしい」

14年の日本選手権で男子ハンマー投げ20連覇を達成した室伏
14年の日本選手権で男子ハンマー投げ20連覇を達成した室伏

 2014年6月7日、世界の鉄人が金字塔を打ち立てた。福島で行われた陸上日本選手権・男子ハンマー投げで73メートル93の記録で優勝した。時折、雨が強くなる悪条件の中、自己記録の84メートル86には遠く及ばなかったが、2位以下に6メートル以上の差をつけての完勝劇。前人未到の20連覇を達成し「ひとつの区切りとして目標を達成できた。五輪、世界選手権で優勝した時と同じくらいうれしい」と胸をなで下ろした。

 ハンマー投げでかつて4度(1980年モスクワ大会含む)の五輪代表に選ばれ、「アジアの鉄人」の異名を持った重信さんを父にもち、成田高1年からハンマー投げに転向。高校2年からは世代の大会を制し続け、98年に父の持つ日本記録を塗り替えた。2003年には世界歴代3位(当時)となる84メートル86の日本記録を樹立。翌年のアテネ五輪では82メートル91で2位となったが、その後、1位のアドリアン・アヌシュ(ハンガリー)がドーピング検査で失格処分となり、投てき種目ではアジア人初の金メダリストとなった。

 その後も第一線で活躍し続け、11年大邱世界陸上でも金メダルを獲得。日本人初の五輪、世界陸上の2冠達成と共に36歳325日での金メダルは、世界陸上男子最年長記録となった。長期にわたり第一線を立ち続けたのは、自らの体に向き合ってきたことが挙げられる。

 30歳を過ぎ「若い頃のような練習はできない」と、今では一般的になった体幹トレーニングに努め、赤ちゃんの動きを見て「筋肉が発達していないのに倒れない、あのバランス感覚は大人にはないもの」とハイハイをまねたストレッチも取り入れた。国立スポーツ科学センターと共同でハンマーのワイヤにセンサーをつけ、音で加速度が分かる装置も製作。自らの肉体を最大限に発揮する環境を作り上げた。

 V20を達成後、東京五輪・パラリンピックのスポーツディレクター(SD)や東京医科歯科大教授(現スポーツサイエンスセンター長)に就任するなど、自らの経験を伝える立場に。競技は16年の日本選手権で12位となり、第一線を退いた。SD就任後には「常にアスリートの目線を持っていたい」と語っていた“世界の鉄人”は、これからも日本のスポーツ界を牽引していく。

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