【2017年6月3日】中日・荒木雅博2000安打…星野監督の罵倒から始まったプロ人生は花束へと

通算2000本安打を放ち、花束で祝福された中日・荒木雅博(2017年6月3日)
通算2000本安打を放ち、花束で祝福された中日・荒木雅博(2017年6月3日)

◆2017年6月3日 日本生命セ・パ交流戦 中日1―5楽天(ナゴヤドーム)

 中日・荒木雅博内野手(当時39)=現中日内野守備走塁コーチ=らしい軽やかな右打ちだった。4回1死、美馬から右前安打を放ち、史上48人目の通算2000安打を達成した。「タイミングが合わないと思ったのでバットを止めたんですけどね」と苦笑いの一撃だった。

 サプライズではない。「事前に知っていた」。なのに、いざ恩師が登場すると涙腺は崩壊寸前だった。入団時の監督だった楽天・星野仙一球団副会長(故人、当時70)が一塁キャンバスに歩み寄ってきた。花束を受け取った荒木の瞳は潤み、ヨシヨシと頭をなでられると涙があふれそうになった。「(チームメートの)引退試合以外では、こぼれない人なのにね。ウルッときたことにビックリしました」。泣き笑いのような、バツの悪そうな顔で口角を上げた。

 1995年ドラフト1位で中日入団。とはいえ、福留孝介(現阪神)、原俊介(元巨人、現東海大静岡翔洋高監督)の“外れ外れ1位”。星野監督が「なんであんな非力なのを獲ったんだ」とスカウト陣をどなり散らしたのは有名な話だ。荒木自身も「ドラ1も背番号2も、頼むからやめてくれと思った」と、周囲の期待とのギャップに戸惑った。

 入団後も芽は出なかった。96年春季キャンプではフリー打撃の打球が内野手の頭を越えない。2年目の97年秋、星野監督に「ならば足を生かせ」と両打ち転向を命じられた。だが新たな取り組みは混乱を招き、翌年から3年間で3安打しか打てなかった。2001年開幕前、見かねた水谷実雄打撃コーチに再び右打席専念を言い渡された。転機は同年3月16日、巨人とのオープン戦。右打席で右腕の入来智から右越え二塁打を放った。「何だ、この簡単な感じは」。同年は111試合で92安打。プロ6年目でスターダムへの第一歩を記した。

 2000安打達成時点で通算33本塁打は歴代最少。名球会入りした選手では400勝投手・金田正一氏の38本より少ない。「これだけ打撃の悪い人間でも、得意なことを伸ばしたらここまで来られた。33本のおかげで2000本打てたという感じ」。かつての遠回りも近道に思えた。「足を生かせ」という闘将の教えがあったからこそ、たぐり寄せた金字塔だった。

 達成翌年の18年1月、星野氏が逝去した。「ドラフト指名も、2000安打達成の花束をいただいたのも星野さん。節目節目で大変お世話になった方。とにかく寂しい気持ちでいっぱい」と手を合わせた。同年限りで現役引退。「亡くなられた年にユニホームを脱ぐのは感慨深い。引退する気持ちに拍車をかけたかもしれません」。通算2045安打、34本塁打。星野さんで始まり、星野さんで終わった現役生活だった。(田中 昌宏)

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