【1998年6月2日】「外れるのはカズ、三浦カズ」まさかのW杯メンバー落選 今なお続く論争

サッカーW杯フランス大会。日本代表・岡田武史監督が代表22人枠を明らかにし、三浦知良、北沢豪、市川大祐の3選手の落選を発表した
サッカーW杯フランス大会。日本代表・岡田武史監督が代表22人枠を明らかにし、三浦知良、北沢豪、市川大祐の3選手の落選を発表した

 日本代表が初出場した1998年フランスW杯の直前。6月2日に運命のメンバー発表が行われた。

 スイス・ニヨンで行われた直前合宿には25選手が参加した。当時の登録メンバーは22人。岡田武史監督は「外れるのは、市川、カズ、三浦カズ、それから、北沢。3選手です」と声を震わせながら発表した。

 三浦知良、北沢豪(ともに当時V川崎)、市川大祐(当時清水)の3人が夢舞台を前に、W杯代表メンバーから外れた。

 選ばれた選手と選ばれなかった選手。双方のために、岡田監督は、メンバーの人選については一切の後悔を明かすことはないが、発表方法については後悔があると聞いた。

 「外れる3人を読み上げるのはではなく、代表メンバー22人をひとりずつ発表すべきだった」

 フランスW杯が終わった後、岡田監督は日本サッカー協会の関係者にぽつりと漏らしたという。

 当時、岡田監督は、まだ41歳(現役で戦い続ける今のカズは12歳も年上ということになる)。青ざめた表情で会見に臨んだ指揮官の手に、なぜか宿舎ホテルのルームキーが握られていた。外す方も外される方も極限の状態にあった。

 日本サッカー史に残る「ニヨンの衝撃」。「キング・カズ」と呼ばれる男の落選は日本中で論争が巻き起こり、その論争は今なお続く。

 落選が決まった直後、カズは盟友の北沢ともに合宿地のニヨンを離れた。

 現地で取材していた私は、現場キャップから「ミラノ(イタリア)のお気に入りのフォーシーズンズホテルに向かったらしい。すぐに追いかけてくれ」と指令を受けた。ワープロ(当時パソコンではなかった)、カメラ、ノート、財布だけを持って、アルプスを越えた先、約500キロ離れたミラノへ飛んだ。

 しかし、その日にカズに接触することはできなかった。フォーシーズンズホテルで、カズの姿を確認できたのは発表から、ちょうど24時間後だった。

 「今は勘弁してくれ。成田空港で会見する。それまで待ってくれ。今はまだ話せる気持ちじゃないんだ。オレの気持ちを分かってくれよ!」

 カズの気持ちを分かった、と軽々しく言うつもりはないし、記者として何が正解か分からなかったが、私は、それ以上、食い下がることはできなかった。

 毎年6月2日と3日になるど、カズの魂の叫びを思い出す。(記者コラム・竹内 達朗)

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