新型コロナウイルス感染拡大の影響で中断していたJリーグは、J1が7月4日、J2とJ3は6月27日から実施される。これを待ちわびていたのは選手、観客だけではない。競技場の芝を管理するグラウンドキーパーも思いは同じだ。サッカー専用では国内最大で、6万3700人収容の埼玉スタジアムはJ1浦和のホームゲーム、今夏に開催予定だった東京五輪と軒並み延期。それでも2001年から担当する輪嶋正隆さん(65)は日々、現場に足を運び、ピッチをベストな状態に保ち続けてきた。
4月上旬から選手らが外出自粛を強いられる中、輪嶋さんは「芝は生き物だから」と、リモートでは対応できないため、現場で芝の状態を見届けてきた。
今季、埼スタで約20試合予定される浦和のホーム戦は、まだ1試合も行われず。それでも輪嶋さんを含めた3人が交代で毎日出勤し、作業員数人とともに刈り込みや薬剤散布などで管理。「常に使える状態にするのが我々の使命。明日でも使える」と胸を張る。リーグ再開後、週2試合の過密日程になる見込み。「タイトに使う期間が長いほど芝のダメージは大きい。対応できるか未知数」と懸念する。
埼スタはスタンドが屋根で覆われ、日照時間は屋根なしより半減。芝の生育には厳しい環境だ。短い日照時間でも耐える「寒地型芝」を使用し、ピッチの地中に埋め込まれた冷暖管による地温コントロールシステム、LEDライトなどの人工光で生育を促しているが「虚弱体質で夏に弱い。スタジアム外の公園の芝の強さが100なら、夏~秋は50くらい」と輪嶋さんは言う。
日韓W杯が行われた02年の6月1日。イングランド代表MFベッカムらが埼スタで試合前日に練習し「世界レベルの選手のプレーで芝の荒れ方が分かった」という。日本―ベルギー戦など5日間で3戦の過密日程の中、輪嶋さんは6日間連続で徹夜で補修。芝に開いた穴に種と砂を入れ、大きな穴には六角形型の新しい苗を入れ替え、刈り込み、ラインを引いた。視察した06年ドイツW杯の組織委員会スタッフが「試合翌日になぜここまで芝がキレイなんだ」と絶賛。Jリーグでもベストピッチ賞に4度輝き、高く評価されてきた。
01年夏の埼スタ完成当初は「作業員が(ピッチの縦)105メートルをまっすぐ刈るのが大変だったが、経験とともに緻密に作業できるようになった」。午前10時、正午、午後3時の地温、湿度、天気の記録を19年間続けた。「映像やデータも良いけど、芝の顔色、葉の色つやを直接見て肌で感じることが大事。悪くなる前の予兆を早くつかめるようになった」
来年に延期された東京五輪は、当初の予定では14日間でダブルヘッダーを含めて11試合を埼スタで開催。日韓W杯は芝管理に関する主催者側の意向に従う立場だったが「20年の経験がある。今回は自信を持って意見を言える。選手がけがをせず、力を出せるピッチを用意したい」。ベストな芝で自身2度目の世界大会を見据える。(星野 浩司)
※今回の取材は4月下旬に適切な距離をとって行いました。
◆輪嶋 正隆(わじま・まさたか)1955年1月5日、埼玉・新座市出身。65歳。埼玉県公園緑地協会に所属。造園業、ゴルフ場の芝メンテナンス業を経て、97年から県内のサッカー場の芝を管理。2001年から埼玉スタジアムを含めた公園の芝管理を担当。好きなサッカー選手はフランクフルトMF長谷部誠。