【MLB】開幕への重く苦しいカウントダウン

 交渉事の常とはいえ、今季開催案の合意はデッドラインの間際までもつれないと得られそうもない。そのXデーは5月31日とみられる。MLB機構の提案によれば、3週間のキャンプを経て独立記念日(7月4日)の週末に開幕、82試合のレギュラーシーズンを行い、その後14チーム出場によるポストシーズンで頂点を決めることになっている。タイムテーブル通りに事を進めるには月末までに合意する必要があるというわけだ。

 しかし、状況は歩み寄りどころか、むしろ悪化しているように思える。MLB機構が提示した6段階スライド型の報酬減額案に対して選手会側が猛反発してしまったからだ。高年俸の選手ほど厳しい減額となる。例えば、球界最高年俸のマイク・トラウト外野手(エンゼルス)の場合、約3800万ドル(約40億円)の年俸のおよそ85パーセントの大幅減となり、約577万ドル(約6億2000万円)に。3月に行われた双方の合意では年俸は試合数に比例するというものだったから、その計算でいけばトラウトはほぼ半額の1900万ドル(約20億円)が受け取れるはずだった。

 選手の間では「失望」という言葉が溢れ返り、なかには選手会代表のひとりであるマックス・シャーザー投手(ナショナルズ)のように「すでに交渉は(3月に)済んでいることだ。これ以上削減について意見を交わす必要はない」と強硬な姿勢を示す選手も出てきた。

 こうした選手間の空気に反応したのが、殿堂入り投手トム・グラビンだ。「選手たちが不満を口にしていると、それ自体に正当性があってもどうしても悪く見えてしまう」と、メディアを通してやんわりと自重を促した。

 グラビンは1994年から95年にかけて232日間に及ぶ泥沼のストライキ当時、ナ・リーグ選手会代表として経営者側と激しく渡り合った闘士。選手たちから圧倒的な支持を集めていた人物だ。「これから続いてくる未来の選手たちのためにも戦う」と、会見のたびに力説していた姿を忘れられない。凍てつくニューヨークの冬から早春にかけて、選手会の代表たちは何度もマンハッタンのミッドタウンにあるMLBオフィスやホテルなどで経営者側と協議を重ね、そのたびに会見を開いた。

 1番打者として鳴らしたブレット・バトラー、のちに完全試合を達成することになるデービッド・コーン、59回連続無失点の記録を持つオーレル・ハーシュハイザーら当時の錚々(そうそう)たるメンバーが常に顔をそろえた。

 実りのない交渉にその場はいつも重苦しく、彼らの表情は苦渋に満ちていた。そして、未曽有のストに突き進んでいったのだ。あれから25年。メディアからも激しく批判されたこともあったグラビンには思うことがあったに違いない。

 選手会側が硬化するなかで、球団職員の給与カット、人員整理などが着々と行われ、11球団でマイナーリーガーの大量解雇が発表された。最終的にはその数は1000人に達する見通しだ。

 また、アメリカ社会では勢いが衰えたとはいえ、新型コロナウイルスの感染者が176万人超、死者はついに10万人に達した。そして、3月からの失業申請者は実に4000万人を超え、14・3パーセントまで跳ね上がった失業率は20パーセント台に乗るとの見方もある。

 今回は25年前の単純な経済闘争とは大きく異なり、人の生死を左右する厳しい社会的状況、リアルを直視しなければならない。

 来年オフには現在の労使協定の期限が切れ、次の5年間の改定協議が本格的に始まる。今回の交渉がその主導権争いを大きく左右するものと位置づけされていると分析するメディアもある。デッドラインを1週間ぐらいは延ばせるのではないかともいわれているが、いずれにしてもMLBの存在を問う重大なカウントダウンは始まっている。

 出村 義和(スポーツジャーナリスト)

出村 義和
 (でむら・よしかず)1971年、ドジャースタジアムでMLB初観戦。ベースボールマガジン社でアメリカ総局勤務、週刊ベースボール編集長などを務める。独立後、ニューヨークをフランチャイズに19年間MLBを中心に多岐にわたるジャンルで取材、執筆を行う。帰国後、JスポーツでMLB中継の解説者も務める。

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