忘れられない8年前の巨人・杉内俊哉のノーヒットノーラン…カメラマンが肝を冷やした瞬間

ノーヒットノーランを達成し、阿部(左)と抱き合って喜ぶ杉内(2012年05月30日・東京ドーム、カメラ・相川 和寛)
ノーヒットノーランを達成し、阿部(左)と抱き合って喜ぶ杉内(2012年05月30日・東京ドーム、カメラ・相川 和寛)

 新型コロナウイルスの影響で公式戦の開幕が延期となっていたプロ野球は、6月19日に無観客で開幕することが決まった。ファンのいない球場は少し寂しい気もするが、待ちわびていた人々にとっては少しだけ明るい話題となった。

  • ノーヒットノーランを達成し、坂本(左)に髪をくしゃくしゃにされるなど手荒い祝福を受けた杉内(左から2人目)(2012年05月30日・東京ドーム、カメラ・相川 和寛)
  • ノーヒットノーランを達成し、坂本(左)に髪をくしゃくしゃにされるなど手荒い祝福を受けた杉内(左から2人目)(2012年05月30日・東京ドーム、カメラ・相川 和寛)

 大歓声が包んだプロ野球の取材で忘れられない試合がある。ちょうど8年前(2012年)の5月30日、交流戦の巨人・楽天戦(東京D)。当時の私は入社2年目で、写真部に配属されてまだ半年の新米カメラマンだった。覚えている人も多いと思うが、その試合で巨人・杉内俊哉が史上75人目の無安打無得点を達成。私はバックネット裏から撮影していたが、緊張のあまり、初めてカメラのシャッターを押す右手人差し指が震えた取材でもあった。

 その日は楽天・田中将大(現ヤンキース)とエース同士の投げ合いだった。私の撮影ポジションは楽天ファンで埋まる左翼席最前列。大変失礼な話になってしまうが、あまりにもテンポの良い投手戦だったため「2時間半で試合が終わりそうだし、早く帰れてラッキー」と、呑気に考えながら撮影していた記憶がある。杉内は7回表まで1人の走者も許さない完全投球。試合が動いたのは、その裏だった。高橋由伸が左中間へ2ラン本塁打。そこから私の動きは慌ただしくなった。

 偉業へのカウントダウンが始まった8回表、会社にいる上司から電話が入った。「9回はバックネット裏に移動して。〇本間の延長で撮影してくれ」。私は「わかりました!」と威勢よく返事したが、その会話の時は楽天の攻撃中。大応援が影響し、肝心の「〇」の部分を聞き取れていなかった。

 一塁と本塁の「一本間」なのか、三塁と本塁の「三本間」なのか―。左翼スタンドからバックネット裏へ移動中に何度も考えたが、答えが出ない。今振り返れば、移動の途中に静かな場所で上司に確認の電話をかければよかったのだが、そんなことも考えられないほど焦っていた。迷った末に「もういいや、三本間の延長で撮っちゃえ」という少々強引な選択。いざ、バックネット裏へ向かった。

 杉内は9回2死まで1人の走者も許さなかった。私はズボンの右太もも周辺で何度も右手の汗を拭きながらカメラを構えていた。完全試合まであと1人―。しかし、27人目の打者にフルカウントから四球。大偉業を逃し、スタンドを埋めた4万3321人のファンからため息が漏れた。それでも次の打者を見逃し三振に仕留め、無安打無得点を達成。捕手の阿部慎之助が杉内のもとへ駆け寄り、2人は熱い抱擁を交わした。その瞬間を捉えた写真が、インターネット上に掲載している写真だが、もし一本間の延長上に行っていたら、杉内が阿部の陰に隠れ、まったく見えなかったはず…。肝を冷やしたという意味でも忘れられない試合になった。

 

 2時間1分で終わった試合だが、杉内が球場を引き揚げたのは終了から約2時間後の22時3分だった。当初は能天気に「早く帰れてラッキー」と思っていた私だが、杉内の「ノーヒットノーランは明日になれば過去の話。次、勝たないといけない」という言葉に背筋が伸びた。入念なケアを終えて帰宅する姿に、巨人の18番を背負う男の覚悟を垣間見た瞬間だった。(記者コラム・相川 和寛)

ノーヒットノーランを達成し、阿部(左)と抱き合って喜ぶ杉内(2012年05月30日・東京ドーム、カメラ・相川 和寛)
ノーヒットノーランを達成し、坂本(左)に髪をくしゃくしゃにされるなど手荒い祝福を受けた杉内(左から2人目)(2012年05月30日・東京ドーム、カメラ・相川 和寛)
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