トレーナーに転身の元ソフトバンク・馬原孝浩さん、現役時「そういう人いれば」と願った存在になった今 選手のケア、人材育成、引退間際の秘話まで語った

スポーツ報知
自宅のトレーニングジム内で仕事をする馬原孝浩さん(本人提供)

 プロ野球開幕を裏方の男たちも待っている。ソフトバンク、オリックスで活躍し、WBCでも2度の世界一に貢献した馬原孝浩さん(38)もその一人だ。ソフトバンク・岩崎翔投手(30)らの個人トレーナーを務めるほか、新たなトレーナーの育成も計画中。新型コロナウイルス禍の現状を引退時の秘話をまじえ、電話取材で明かした。(取材、構成=長田 亨)

 馬原さんもプロ野球の開幕を待っていた。新型コロナウイルス感染拡大の影響で、自宅での業務が続く毎日。球界のOBとして、素直な思いを打ち明けた。

 「今年は(開幕が)できないかもしれない…という覚悟もありました。でも、一ファンとして野球を見たい。開幕してほしいと強く願っていましたね」。

 ダイエー、ソフトバンクで9年、オリックスで3年の現役生活。ソフトバンクで優勝や日本一、侍ジャパンでも2度の世界一に貢献した。歴代8位の通算182セーブ。日本を代表するストッパーが次に進んだのは指導者ではなく、スポーツ医療の道だった。

 「自分の現役生活を振り返ってみると、いろんなけがを経験しました。肩、肘、膝、腰。名医がいると聞けば、全国各地にも行きました。その中で気がつけば、マッサージやストレッチに関する引き出しが増えていきました。自分自身も、手技自体がうまくなっていくのを感じていて。それをアスリートに還元したいと思うようになりました」

 16年1月にソフトバンク・摂津らの自主トレをサポート。4月には北九州にある専門学校への入学を決意した。夜間部に3年間通学。柔道整復師、はり師、きゅう師の資格と見事、3つの国家試験に合格した。

 「選手に対しての説得力が足りませんでした。何の資格も持ってない人に、体を触られるのは怖いだろうなと。当時の自主トレでそう感じました。それなら資格を取って、堂々と選手の体を触りたい、と思ったのがきっかけです。僕の現役時代に、選手の感覚を知っていて、ある程度の実績があって、かつ国家資格や確かな知識を持った人がいなかった。そういう人がいれば…と思ってもいたので」

 血のにじむような努力をした。自宅のある福岡・糸島市内から週6日、車で往復4時間かけて通学。卒業式では「最優秀賞」を受賞した。

 「自分でもよくやったなと思います。日直をやったり、宿題をしたり、学祭でジュースを売ったり。気力でやり抜きましたけど、学生というものがすごく魅力的でした。最後に壇上に呼ばれて、300人ぐらいの学生から拍手をもらいました。『報われた…』って、泣きそうになりましたね。今まであまり賞とかに関心はなかったんですけど、あの時にいただいた賞状は記念です。僕が手元に残しているのは2007年のオフ、バッテリー会のゴルフコンペで優勝したときの成績表と賞状の2つだけですね(笑い)」

 FAによる人的補償でのオリックス移籍。右肩手術や右腕神経の炎症、15年の左膝痛は症例がなく、骨に小さな穴が空く重傷だった。ユニホームを脱いだ理由は「自分の投球ができなくなったから」。引き際は実に潔かった。

 「膝をケガした当初は『2年間安静』と言われました。今も腕はしびれています。正直に言って、全く悔いはありません。ダメなら辞めるという覚悟は、王監督に抑えを任された2005年から持っていました。続けるのは簡単、辞める方が難しいと思っているので」

 オリックスを退団後、国内外の複数球団が関心を寄せ、実際に獲得オファーも届いた。熱心に誘ってくれたひとりが故・星野仙一さん(当時は楽天の球団副会長)。感謝の気持ちは、今でも忘れることがない。

 「星野さんにいただいた言葉は新鮮で、すごくうれしかったです。『俺が何とかしてやる。全部面倒を見てやる。とりあえず来い』と。お断りするのは断腸の思いでした。でも振り返ると、最後はケアに対する気力疲れだったんです。朝からナイターが終わり、深夜まで。当時のトレーナーと二人三脚で、毎日5時間以上かけてつくりあげていました。2014年はキャリアで一番多い55試合に登板できて、僕の中で『50歳まで行ける』と手応えもありました。今だから言えますけど、現役の最後の方は試合中に眠くなることがあって。これはもうダメだな…と思いました」

 現在はソフトバンク・岩崎らのトレーナーを務めるほか、トレーニングジム運営や新たなトレーナーの育成など、活躍の幅を広げようとしている。

 「本物を伝えたい考えがあり、馬原トレーナーアカデミー(MTA)を立ち上げました。僕が直接指導をして、本物のトレーナーを育てていく。生徒さんも募集し、ここからMTAをスタートしようというところで、新型コロナウイルスがありました。今は(活動が)ストップしていますが、展望は持ち続けています」

 講演会の中止も含め、新型コロナウイルスの影響を受けるひとりだ。プロ野球の開幕日が決まった岩崎らには、定期的にメニューを送信。自身のSNSでは「自宅でできるトレーニング」などを配信している。

 「子どもたちにスポーツの喜びを知ってもらいたいですね。楽しいものは何ですか、と聞けば、今はおそらくゲームやYouTubeだと思います。人口も減ってきている中で、まずはスポーツに興味を持ってほしい。ヒットを打った。ゴールを決めた。試合に勝った。そういう喜びは、いつの時代も一緒。そのきっかけ作りとして今は配信していますけど、こういう積み重ねは大切だと信じています。事態が終息すれば、子どもたちと一緒にトレーニングしたり、僕の活動を分かりやすく全国にも伝えていきたいですね」

 クローザーという過酷なポジションで骨身を削ってきた。球界への恩返しは「自分がしてもらって、うれしいと思ったこと」。誰からも尊敬された誠実な人柄は、今も変わらない。

 「本物のトレーナーを育成し、間接的に選手寿命を延ばすのも、野球界への恩返しです。少しずつ横から影響を及ぼし、選手のセカンドキャリアをサポートするような立場にもなりたい思いもあります。プロというトップまで上り詰める選手のポテンシャルって、本当にすごいですから…」

 ◆馬原 孝浩(まはら・たかひろ)1981年12月8日、熊本県生まれ。38歳。熊本市立高(現必由館高)から九州共立大を経て、03年のドラフト自由獲得枠でダイエー(現ソフトバンク)入団。06年、09年にWBC日本代表として世界一に貢献。07年に最多セーブ投手。13年に寺原のFA移籍に伴う人的補償でオリックス移籍。15年限りで現役引退。通算385試合で23勝31敗182セーブ47ホールド、防御率2・83。181センチ、80キロ。右投右打。既婚。

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