【2014年5月29日】ソフトバンク・大隣憲司が踏み出した大きな一歩…難病乗り越え2軍戦復活登板

2014年5月29日の2軍戦で前年5月31日以来の登板を果たしたソフトバンク・大隣。写真は1軍復帰登板となった14年7月13日の日本ハム戦
2014年5月29日の2軍戦で前年5月31日以来の登板を果たしたソフトバンク・大隣。写真は1軍復帰登板となった14年7月13日の日本ハム戦

◆2014年5月29日 ウエスタン・リーグ ソフトバンク1―0阪神(雁の巣)

 2/3回を無安打無失点。打者4人と対戦して2四球。結果としては特筆すべきものではないが、ソフトバンクの大隣憲司投手(現ロッテ2軍投手コーチ=35)にとっては、大きな“一歩目”だった。前年6月に国指定の難病「黄色じん帯骨化症」の手術を受けた左腕。それまで教育リーグ、3軍戦での登板はあったが、2軍公式戦はこの日が初登板。「奇跡の復活ストーリー」の幕開けだった。

 その約1年前には「野球ができなくなるかも知れない」と言う恐怖と戦っていた。5月31日の広島戦(ヤフオクD)で白星をマークしたが、翌日に登録抹消された。その約1か月前から下半身に異変を感じ、しびれた両足からは「熱い冷たい」の感覚すら失われていた。診断された「黄色じん帯骨化症」とは、脊髄付近のじん帯が骨のように硬くなり、神経を圧迫する原因不明の難病。当時、プロ野球界でこの手術を受け、1軍復帰したのはオリックス・宮本大輔氏だけで、白星をマークした選手はいなかった。

 早期発見だったことが救いだったが、術後も下半身のしびれが消えることはなかった。それでもあきらめることなく、つらいリハビリも前向きに取り組んだ。そして、たどり着いたのが、5月29日の2軍戦のマウンドだった。「感謝」の思いを込めて懸命に腕を振った。

 「とにかく投げられる喜び、野球をプレーできるありがたさ。携わっていただいた周囲への感謝しかなかった」。7月13日の日本ハム戦(札幌D)で中継ぎで1軍復帰。先発に戻り、同28日にはオリックス戦(ヤフオクD)で、422日ぶりの白星を手にした。勝てば優勝という10月2日のオリックス戦(ヤフオクD)のマウンドも託され、6回無失点の好投(勝敗なし)。ポストシーズンでは“病み上がり”にも関わらず、中4日でも先発もした。マウンドで投げられる喜び、責任感が原動力だった。勝ち取った3年ぶりの日本一は、大隣の活躍抜きには語れない。

 17年限りでソフトバンクを退団し、翌18年にロッテでユニホームを脱いだ。思うように体が動かない時もあったが、病気の影響を言い訳にはしなかった。「(14年は)何もかもが凝縮されたシーズンだった」。サウスポーの輝きは、今でも脳裏に焼き付いている。

(12~14年、17年~ソフトバンク担当・戸田 和彦)

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