【札幌】02年に2度目のJ2降格…開幕戦は「ボール来ないでくれと思った」大森健作氏が当時を振り返る

第1S第12節、清水に敗れ8連敗となりうなだれるイレブン(8月3日)
第1S第12節、清水に敗れ8連敗となりうなだれるイレブン(8月3日)
引退後も解説者として活躍する大森氏
引退後も解説者として活躍する大森氏
02年の開幕戦布陣
02年の開幕戦布陣

 J1で初めて2年連続の戦いとなった2002年、コンサドーレ札幌は第1、第2ステージとも最下位に終わり、4試合を残して2度目の降格となった。柱谷哲二新監督の下で臨んだ開幕のアウェー・広島戦で1―5と大敗。失った自信を、最後まで取り戻すことができなかった。DFの主力を務めた現サッカー解説者の大森健作氏(44)が、2度の監督交代に揺れた激動の1年を振り返った。(構成・砂田 秀人)

 2002年、広島との開幕戦。14年間のプロ生活で抱いたことのない感情が、大森氏に沸き上がっていた。

 「キックオフからずっと、ボールの取りどころが見つからなかった。ピッチがめちゃめちゃ広く感じて、どう奪って攻めるかが見えない。早く試合が終わってくれ、前半で終わって欲しいと願ったのはあの試合だけ。自分の方にボールが来ないでくれと思ったほどだった」

 1―5で大敗という残酷な結末で、長く辛い1年が始まった。岡田武史から柱谷哲二に監督が代わったこの年。キャンプ前から大森氏は、不安を少なからず感じていた。

 「岡田さんが辞めて、選手も新しく11人が入り、メンバーがガラッと変わった。どんなサッカーになるんだろうというワクワク感もあったが、キャンプをやっていく中でも、どんなスタイルで戦っていくかが今一つ、分からなかった。自信を持って臨めなかった開幕戦があの結果。みんなで『これはやばいな』と話してた記憶がある」

 柱谷監督下での7戦は1勝6敗。日韓W杯の中断期間だった6月、イバンチェビッチに指揮官が代わった。

 「イバンチェになって守備を固めて奪ってカウンターと、やり方は明確になった。ただ彼が連れて来たバーヤックはいい選手ではあったが、前年いたウィルらと比べると迫力に欠けた。得点源の小倉さんはボールに寄って来るタイプだし、バーヤックも裏に抜け出す選手じゃない。相手が怖さを感じる攻めにはならなかった」

 9月にはクラブ史上例のない1シーズン2度目の監督交代で、張外龍ヘッドコーチが昇格。だが混迷したチームは低迷を脱することなく、第2S11節の鹿島戦(2―3)で、4試合を残し2度目の降格が決まった。

 「この年感じたのは、前の年までなっちゃん(現J2山口の名塚善寛ヘッドコーチ)とノノさん(現札幌の野々村芳和社長)の声にどれほど助けられていたかということ(※)。リーダーがいなくなった中、僕が引っ張っていければ良かったが、成績が上がらず、いっぱいいっぱいになっていた。開幕戦に負け、『やばいやばい』が続き、いい時がなく終わった感じ。前半のつまずきがあり、そこから戦い方のブレを立て直せないという弱さがもろに出た、悔しさしかない1年だった」

 ※2001年オフ、DFの中心で99、00年と主将を務めた名塚が現役引退を表明。01年に主将を務めたMF野々村はクラブの構想から外れ、契約満了に。他クラブからのオファーもあったが、引退を決意し、フロント入りした。

 ◆2002年の出来事

 ▽4月 完全学校週5日制スタート

 ▽5月31日 日韓共同開催のサッカーW杯が開幕。日本は初の16強入り。

 ▽7月9日 プロ野球オーナー会議で日本ハムの北海道移転が承認される。

 ▽9月17日 小泉首相が日本の首相として初めて北朝鮮を訪問。

 ▽10月 小柴昌俊が物理学、田中耕一が科学でノーベル賞を受賞、日本人の同年ダブル受賞は初。

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