中村匠吾、箱根級2段階スパートで五輪切符 大八木監督と二人三脚9年目…担当記者が見たMGC優勝

ゴール後、駒大・大八木監督(右)と抱き合って喜ぶ中村
ゴール後、駒大・大八木監督(右)と抱き合って喜ぶ中村

 好きな写真がある。夏の暑さが居座った昨年9月15日。東京五輪代表選考会マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)のゴール直後、優勝した中村匠吾(27)=富士通=が駒大の大八木弘明監督(61)と抱き合う1枚だ。

 恩師と二人三脚で歩んで9年目。順大で駅伝主務を務めていた私にとって、駒大で1学年下の中村には何度もその強さを見せつけられていた。不思議とその背中を忘れられず、MGC前の昨年7月下旬、北海道・釧路合宿を取材した。

 「(レースでは)設楽悠太さん(ホンダ)がハイペースに持ち込むのかな、と思っている。残り5キロを切ってからの、2回目の上り坂からが勝負。そこからゴールまでは幅が狭くなり、カーブもあるので、(順位が)入れ替わるのは難しい」

 淡々と、それでいて綿密な準備に自信が見え隠れした。取材を終えると大八木監督はこう言った。「藤田(敦史、現駒大コーチ)でも世界陸上代表しかない。駒大初の五輪代表になろう、と2人でやってきたからなあ」。バスに乗った私に笑顔で手を振ってくれる同郷・福島出身の大先輩を見て「ひょっとしたら」と思わずにはいられなかった。

 実際、レースは中村の“予言”通りに進んだ。号砲から大逃げする設楽を日本記録保持者の大迫傑(28)らと追い、37キロ付近で逆転。勝負どころとしていた上り坂での2段階スパートで抜け出し、五輪切符を手にした。

  • MGCで優勝し、五輪切符を手にした中村

    MGCで優勝し、五輪切符を手にした中村

 抜群の勝負勘を身につけたのは箱根駅伝だ。特に4年時の15年1区。先頭集団からこぼれるも粘りの走りで追いつき、2段階スパートで区間賞を獲得したレースはMGCと重なった。

 「1区ならではの駆け引きがあって、マラソンにプラスになる部分は大きかったと思います。4年生の時の1区は、遅れたけど、最後にまくって1位。本当にきつくて離れたんですよ(笑い)。監督に『お前しかいない』と言われた以上、前だけ見ていた」

 自分を信じる恩師のために―。学生時代は区間賞でも「後続をもっと離せただろう」と叱咤(しった)する大八木監督だったが、MGC後は「よくやったなあ」と男泣きしながら褒める姿に、信頼と情熱の絆を感じた。

 昨年の大みそか、箱根メンバーから漏れた選手によって行われるタイムトライアルを取材するために駒大のグラウンドへ行くと、中村の姿があった。本来なら五輪前年を締めくくる節目の日。軽めのジョギングを終えると、学生たちの走りに目を向けていた。「僕が学生の頃からの恒例行事ですからね。身も心も引き締まります」。箱根から続く世界への道。大八木監督も「いずれは日本記録も破りたい」と期待する。藤色のタスキが紡ぐ物語は、これからも続く。(太田 涼)

 ◆MGCレース経過 2019年9月15日、東京・明治神宮外苑を発着して行われた。スタート時は晴れ、気温26.5度、湿度63%。男子は30人が出場した。号砲とともに設楽が独走し、一時は2位以下に約2分差をつけた。だが気温が上がるにつれて失速する設楽を中村ら後続の集団が37キロ付近で逆転。し烈なデッドヒートを制した中村が優勝、服部勇馬(トヨタ自動車)が2位に入って東京五輪代表に内定。日本記録保持者の大迫は服部に5秒及ばず3位。女子は前田穂南(天満屋)と鈴木亜由子(日本郵政グループ)が五輪切符を手にした。

 ◆中村 匠吾(なかむら・しょうご)1992年9月16日、三重・四日市市生まれ。27歳。小学5年から陸上を始め、上野工では3年連続で全国高校駅伝出場。駒大では3年時のユニバーシアード・ハーフマラソン銅メダル。箱根駅伝は2年時3区3位、3年時1区2位、4年時1区区間賞。卒業後は富士通に進み、18年ベルリンで2時間8分16秒をマーク。172センチ、55キロ。家族は両親と弟。

 ◆太田 涼(おおた・りょう)1991年、福島県生まれ。28歳。順大時代は箱根駅伝出場を目指し、4年時に駅伝主務。2014年入社。

ゴール後、駒大・大八木監督(右)と抱き合って喜ぶ中村
MGCで優勝し、五輪切符を手にした中村
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