三浦淳寛SD“名演技”の裏で進められていた極秘案件…担当記者が見た18年神戸移籍イニエスタ

18年5月、神戸の入団会見で三木谷会長(左)とユニホームを手にするイニエスタ
18年5月、神戸の入団会見で三木谷会長(左)とユニホームを手にするイニエスタ
18年5月18日付本紙最終版
18年5月18日付本紙最終版

 「イニエスタフィーバー」は突如としてやってきた。サッカー担当になってまだ数か月の2018年5月8日、先輩記者からの電話で目が覚めた。「神戸がイニエスタを獲るらしい。すぐに取材に行って」。その日、私は休日。寝ぼけ眼で状況が整理できずにいると、次はデスクから、その次は別の先輩からと着信音が鳴りやまない。当時入社7年目だったが、ここまでの“鬼電”で起こされたのは初めて。全員の興奮した声が事の重大さを表していた。

 発端はその朝に報じられたスペイン・メディアの報道だった。半信半疑のまま神戸の本拠地ノエスタに向かった。その日行われたのは、チームとは直接関係のないイベントの会見。サッカー担当の記者は私1人だったが、会場には初めて見る「会見と関係のない質問はご遠慮ください」と書かれた紙があちこちに貼られ、物々しい雰囲気が漂っていた。楽天の三木谷浩史会長兼社長と親しい関係者に話を聞こうとしたが、スタッフに「選手に関することはNG」と止められ、これはいつもと違うと直感した。

 当時イニエスタ獲得の動きは、クラブの上層部だけが知る超極秘案件だった。全てを把握していた三浦淳寛スポーツダイレクターでさえ約32億円とされた年俸に対し「現実的ではない」と否定する“名演技”を披露。世界的大スターを迎え入れる準備は静かに、着々と進められた。

 一時情報が交錯し、破談という話も流れた。では私があの会見で感じた違和感は何だったのか―。先輩らとともに諦めずに取材を続け、ようやく5月18日、「入団合意」の本紙スクープ報道にたどり着いた。

 その6日後、イニエスタは本当に日本にやってきた。入団会見に臨み、世界中から211社348人の報道陣が集結。「国民の一員になりたい」と日本愛を語る姿に、これから日本のサッカーが変わる、そんな希望を抱かずにはいられなかった。結局、私がイニエスタを取材したのはその年だけだったが、技術の高さに驚き、クラブ関係者が「聖人君子」とたたえる人柄にも存分に触れることができた。

 練習後に「フォトOK?」とカメラを構えると笑顔でサムズアップポーズを決めてくれ、インタビューはいつも時間をオーバーした。どんなに観客を沸かせても、試合後は誰よりも敗戦を悔しがる。来日当初は選手名鑑を入手し、チームメートの過去の所属先まで知ろうとしていたのも印象的だった。「神戸はアジアを目指せるチームに1000%なる」。その言葉の通り、昨季の天皇杯でクラブは初タイトルを獲得。次は神戸にどんな魔法をかけてくれるのか。一日でも長く日本でプレーを見られることを願っている。(筒井 琴美)

 ◆アンドレス・イニエスタ 1984年5月11日、スペインのカスティーリャ・ラ・マンチャ州生まれ。36歳。12歳でバルセロナの下部組織へ入団し、2002年10月にトップに昇格。リーグ9回、国王杯6回、同国スーパー杯7回、欧州CL4回、クラブW杯3回の優勝を誇るなど、数々のタイトル獲得に貢献。10年南アW杯で母国を初優勝に導いた。バルセロナでは通算674試合57得点、神戸では通算43試合10得点。171センチ、68キロ。家族は妻と子供4人。

 ◆筒井 琴美(つつい・ことみ)兵庫県生まれ。関学大から2012年入社。現在は大阪本社で野球やゴルフ、たまに芸能・社会などあらゆる分野を取材。ユーティリティープレーヤーが目標。

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