95年高校サッカー選手権最後の両校V・静岡学園、3選手が振り返る決勝のサンパウロ仕込み“9本パス先制弾”

両校優勝を決め観客の声援に手を上げて応える静学イレブン
両校優勝を決め観客の声援に手を上げて応える静学イレブン

 1995年度の全国高校サッカー選手権で、静岡学園が初優勝を果たした。決勝・鹿児島実戦は延長戦を含めた100分の激闘の末、2―2。当時は決勝でPK戦がなかったため、選手権最後の両校Vとなった。前半28分、9本のパスをつないだ先制弾はブラジルの名門サンパウロFC仕込みの練習が実を結んだもの。当時主将だった森川拓巳・札幌U―18コーチ(42)、FW桜井孝司さん、MF森山(現姓・佐野)敦司さん(ともに43)の証言を元に振り返る。

 激闘を終えると、静学の井田勝通監督(当時53、現総監督)は鹿実の松沢隆司総監督(当時55、17年死去)と2人でお立ち台に上がった。国立のナイター照明がついた日本テレビのヒーローインタビューで白い歯をみせた。一時は2―0としながら、後半終了間際に追いつかれた。延長戦含め100分を過ぎても勝負がつかず。当時は決勝でのPK戦がなかったため、規定により両校優勝となった。

 先制弾は理想の形だった。前半28分。自陣でボール奪取すると、細かく9本のパスをつなぎ、MF石井俊也がシュート。相手GKに当たったボールをMF森山が見逃さず右足ダイレクトシュート。「気持ちが乗っていた。こぼれ球の予測が出来てきた」と森山さん。エースFW桜井を右足痛で欠いていたが、全員が鮮やかにつなぎ、ゴールを近づけた。DFだった森川さんは「練習の成果が出ていた」と振り返った。

 伝統のドリブルに、パスワークが加わった。森山ら最上級生は入学時から2年まで、ブラジルの名門サンパウロFCでコーチを務めた経験のあるシルバコーチの指導を受けた。ハーフコートでワンタッチないしはツータッチでつなぐ練習や紅白戦を繰り返した。桜井さんは「静学といえばパスよりドリブル。でも当時はツータッチ以内でボールをつなぐことを意識していた」。井田監督は「ボールはどれだけ走らせても疲れない」と話し、森川さんも「省エネサッカーをしていた」と振り返った。

 布陣はシルバコーチ就任以前は4―4―2だったが、サンパウロFCを模した3―5―2に変えた。森川さんは「今の3バックみたいに守備の時に“5バック”にならない。3人で横幅68メートルを守っていた。さらに3バックのうち2人が上がることも多く、後ろを取られることも多かった」。桜井さんは「ブラジル代表がやっているとも聞いた。当時の高校サッカーで布陣にこだわるチームはあまりなく、最新鋭だった」と明かした。

 森山らが3年になった95年からシルバコーチはJリーグ・横浜フリューゲルス(現在は消滅)のコーチに招へいされ、その後監督も務めた。静学には弟のジョゼコーチが就任し、パスサッカーは継続された。一方で、あまりに特異な戦術を繰り返したこともあり、桜井さんは「クセがあり過ぎるのか、静学からユース代表や県選抜になかなか入れなかった」とも話した。

 後半から雨と風が強くなり、「パスがつなげなくなった」(森山さん)。2失点はともにCKから。鹿実の得意パターンだったが、「対策もせず、(鹿島に進んだエースFW)平瀬(智行)もマークしなかった」と森川さん。それでも森山さんは、「自分たちのサッカーを貫いたから決勝で2点取れた。後悔はない」と胸を張る。

 今年1月に静学は青森山田を下し、24年ぶりの選手権制覇を果たした。伝統のドリブルに守備意識を植えつけられ、初の単独優勝を飾った。井田総監督はベンチに入り、初めて宙を舞った。森川さんは「24年前は追いつかれての両校優勝だったので負けたような雰囲気。僕たちが悔しくて胴上げしなかった。でも今回、後輩が井田さんを胴上げした姿を見られてとてもうれしかった」。唯一の心残りは年号を越えて、払拭された。(山田 豊)

 ◆静岡学園サッカー部 1967年創部。全国選手権優勝は2度。主なOBはDF三浦泰年(元清水など)、弟のFW三浦知良(中退、現横浜C)、GK南雄太(現横浜C)、MF松村優太(現鹿島)ら。

 ◆森川 拓巳(もりかわ・たくみ)1977年7月11日、静岡県浜北市(現浜松市)生まれ。42歳。静岡学園時代は主将でDF。卒業後は柏、川崎、札幌、仙台などでプレー。現在は札幌U―17、18担当コーチ。

  • 当時のことを語ってくれた静学の元主将・森川さん

    当時のことを語ってくれた静学の元主将・森川さん

 ◆桜井 孝司(さくらい・たかし)1977年5月4日、焼津市生まれ。43歳。大村中を経て静学。選手権はFWとして出場も、決勝はケガで出られず。卒業後は横浜フリューゲルス(のち消滅)、札幌などでプレー。

  • 井田総監督と並ぶ桜井さん(右)(本人提供)

    井田総監督と並ぶ桜井さん(右)(本人提供)

 ◆森山 敦司(もりやま・あつし)1977年4月13日、静岡市生まれ。43歳。安東中を経て静学。背番号10のMFとして選手権優勝に貢献。卒業後に横浜フリューゲルス(後に消滅)、山形。フットサル転向後、東海1部XEBRAでプレー。現在は会社員。現姓は佐野。

  • 母校について語る森山(現佐野)さん(本人提供)

    母校について語る森山(現佐野)さん(本人提供)

両校優勝を決め観客の声援に手を上げて応える静学イレブン
当時のことを語ってくれた静学の元主将・森川さん
井田総監督と並ぶ桜井さん(右)(本人提供)
母校について語る森山(現佐野)さん(本人提供)
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